17

 朝日が昇る広大な平然を、ダッシュジャンプで駆けていく二人のアバター。

 動物にも木にも目をくれずに、ひたすら直進している。


「ダジャブはガンガンやろう。指と感覚を慣らすんだ」

「先輩はそんなにしてないですよね」


 平らな地面であっても美咲はジャッ、ジャッと置きながら跳ねていくのに対し、忍は控えめだ。


「ブロックは節約したいからな。段差を吸収するときだけ使うのが良いバランスだと思ってる」

「水たまりも避けてますしね」


 深さ1マスの水は、ダジャブならノンブレーキで進める。一方で、ミスってしまうと着水してしまい結構なロスになる。

 ここまで水たまりは二ヶ所通過したが、忍はいずれも避けて通っており、美咲はいずれも直進してノーミス。


「高奈さんも言ってましたけど、先輩って実はあまり上手くないですよね」


 連休前の時点で、すでに美咲の方が上手かった。加えて美咲は連休中も練習しており、レースに関してはそこいらの配信者よりは上手い水準になっている。

 もちろんノブの中の人である忍がその程度に遅れを取るはずもない。忍の演技が自然なだけである。


「もうメンタルは完全に大丈夫そうだな」

「ご……おかげさまで」

「ゴオカゲサまで? ゴオカゲサってどこ? 何地方?」

「誤魔化してませんか、とどっちを言うか迷ったんですよ!」


 忍の隣で「もー」と美咲が微笑む。


「あ、村があります」


 ワールドボーダーをまたぐ形で村が生成されている。


「無視するぞ。意識さえもするな」


 美咲はほんの少しだけ軌道が乱れており、忍との距離も少し開く。村はアイテムの宝庫であるため、反射的に足が向かってしまう気持ちは忍もわからないでもない。


「いつもの癖は捨てろよ。エリトラが落ちてたとしても無視するつもりでいけ」

「それは欲しくないですか」

「たとえだよ」

「じゃあたとえが悪い」

「言ってくれる」

「次の地形バイオーム見えてきました」

「林か……」


 そうして二人が境界に近づいたところで、



>草原を通過:チーム3



 暫定一着の報がチャットに流れた。今大会ではバイオームや構造物の境界ごとにチェックポイントが敷かれており、最初に通ったチームが知らされる。


「焦るなよ。チャット欄はガン無視でいい」

「はい」

「あ、あそこって粉雪ありますよね!? 革靴つくりますか? ベッドは?」


 林。トウヒの木の生えた雪山寄りのバイオーム。至るところに粉雪――埋まると動けなくなり冷たさで凍死に導く殺人ブロックが散らばっており、冒険者泣かせである。

 対処法はかんたんで、革靴を履けば埋まらなくなる。


 幸いなことに境界付近には牛四頭がスポーンしているし、村でも三頭飼われていた。


「問題無い。見分けるのは得意だから俺の後ろにつけ」


 RPGのフィールド移動さながらに、美咲は忍の真後ろにつく。

 間もなく林に突入し、忍はダッシュジャンプを解除。


「ここ粉雪だな、気をつけろ」


 忍は当該のブロックを叩きつつも、その隣を進んだり、ブロックを積んで上がったりしていく。

 スピードも落ちているし、ルートも直進とは程遠いが、一度も埋まることなく前進していた。


「凄いです」

「慣れたらすぐわかる」

表面テクスチャが粗い方ですよね。よく見ないとわからないんですよねー」

「ちなみにダジャブしながら見分ける人もいるぞ。上には上がいる」

「ほえー」


 ちなみにノブ自身の話である。

 配信では雪山の急崖の上から粉雪ブロックを即座に見抜いて、そこに着地する技を決めたこともある。何度か使っているためメンバーにはとうに覚えられており、最近は雪山に逃げる度にラキに「粉雪ダイブでしょ!?」などと警戒されたり、後続のナナストロも飛び込んできて粉雪内PvPが勃発したりもしている。


 そんな風に、林では忍の先導で進んでいく。


 忍はというと、先々の地形構造も読みつつゲームバランスの調整に精を出していた。

 一位で通過した場合、スタッフが入ってきてライブ配信に映る可能性が高くなる。かといって手を抜きすぎて入賞ペースに入れないのも論外。


 次の境界が近づくにつれて、忍は少しずつスピードを緩めて先着を待った。



>林を通過:チーム3



「チーム3、強くないです?」

「気にするなと言った」

「ごめんなさい」

「俺は怒ってない。口調も気にしなくていい」


 忍は口を動かしつつも、美咲のマイクラへの意識が薄くなったことも察知――少し大胆に移動ルートと手捌きのスピードアップを図った。

 美咲は気付かない。配信者もそうだが、喋りながらプレイできるほど器用な人間は、マルチタスク的にゲームをやる。感覚的にこなしているため細かい変化に気づきにくい。


「俺はIGLで、この言い方をすると事前に決めたはずだ」

「でしたね。フォローありがとうございます」

「……今こっち向かなかった?」


 実際には確かに向いたと気づいているし、美咲の嬉しそうな表情までキャッチしているが、忍は気付かないふりをする。

 さらに「次のバイオーム来るぞ」などど話題も上書きすることで会話の発展も防いだ。


「雪がなくなりましたね」

「吹きさらしの丘だな。起伏が激しい。分業合流作戦で行こう」

「わかりました」


 分業合流作戦とは二人の作戦の一つであり、コースの右端と左端に分かれて並走するものだ。

 自分の行き先が地形的に移動しにくい終わってる場合は「終わってる」、問題なさそうな場合は「行ける」と言い、終わってる側は行ける側に寄りながら移動する。同時に、行ける側は既にリードしているため、終わってる側の方に寄りながら移動する。両方終わってる場合は先に言った方を終わってる地形とみなす。これで一セット。

 これを繰り返すことで、終わってる地形にとらわれる時間を最小化する。

 特に今回は二人ともゴールしなければならないため、ルートの探索を分担した方が総合的には効率が良い。


 練習の甲斐もあって、二人の地形感覚に大きな乖離はなかった。

 実は忍の感覚を叩き込んでいるため、この感覚だけで言えば美咲は既に上級者顔負けになっているのだが、当の彼女に自覚は無い。単に一緒に練習して感覚が合ってきた、くらいにしか思っていない。


「そういえば水バケツ、使ってないですよね」

「もうちょっと後だろうな。まだ高山地帯が続いてる」


 ノブなら起伏の浅い地形であっても息するように水バケツ着地を使いまくるが、さすがにそこまで晒すのは度が過ぎる。



>吹きさらしの丘を通過:チーム13



「あっ」


 チーム13は忍と美咲の二人チームである。つまり自分達が一位で通過したという意味であり、


「プレイに影響無いなら別に喜んでもいいが」

「わーい」

「棒読みすぎて草」


 忍は美咲の余裕を肌で感じつつ、あるいは横目で観察しつつ、順位のコントロールに頭を絞る。

 表面上は平凡なふりをして、レースを進めていく。

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