16

「二人きりでサボってるみたいで、なんかドキドキしますね」


 特設サーバーのロビー空間には30を超えるアバターが集結していた。

 あと数分後でオリエンテーションだが、まだ自由時間であり、あちこちで挨拶や雑談が交わされている。


 そんな中、忍と美咲は空間の端、壁の裏にできている1マスのスペースに潜んでしゃがんでいるスニーク中

 スニークすれば遠目からは名前が見えなくなる。交流を避けるために隠れているのだ。


「美咲が乗ってくるとは思わなかった」

「ひとり歴は長いので。むしろ楽しそうだと思いました」

「ひねくれてる」

「先輩にだけは言われたくないです」

「違いない」


 美咲はあははと、忍はくくくと。

 隣り合った席で、シフトキーを押したまま笑い合う。


『お待たせいたしました。それでは時間になりましたので、2023年フレッシャーレース杯を開始させていただきます。本日進行を務めさせていただく――』


 午前10時。


「始まりましたね」

「ああ。合流するぞ」


 スニークを解除して、中央のステージへと向かう。

 複数のペアにチラ見されたが、声をかけられることはなかった。配信者集団ではなく会社員であり、JSCは真面目な風土でもある。私語はピタリと止んでいるしミュート漏れも一人としていない。


 進行の端的な説明がしばし続く中、忍は状況を確認。


「全15チーム。入賞ライン――つまり案件参加の条件は上位3チームだな」


「観覧者は現在約700名。ライブは閲覧モードスペクテイターが二人。やり方が現行踏襲だと仮定するなら、一人は声を拾うために近づく役割で、もう一人が俯瞰して画面を映す役割だろうな」


 ライブ中継の配信ページを見るべく、忍はわざわざ外部ディスプレイを繋いで二画面デュアルにした。

 その様子をジト目で見終えた美咲が、


「それ、要ります?」


 要るか要らないかと言えば、要るのだ。間違いなく。


 忍としてはぜひとも入賞したいが、ノブであることは悟られたくない。

 状況次第だが、本来の実力を発揮する場面はありえる。そうなるとライブで中継されないタイミングの有無は重要だ。早い話、中継されていないとわかっている間は、美咲を誤魔化すだけで済む。

 もちろんこのような意図を正直に伝えるわけにもいかず、「情報は多い方が良い」もっともらしいことを言うだけにとどめた。


「そもそも


 意外と明るいじゃないか。


 それが忍の感想だった。


 ゴースティング。対戦相手または実況者視点のライブ配信を見ながらプレイする行為であり、れっきとした不正行為とされる。ゲームによってはBANの対象になる。


「禁止はされていないし、FPSほど悪質になるシチュエーションとは思わない」

「そういう問題じゃないです」


 美咲の頑固さは知っている。忍は粘るのを秒で諦め、繋いだケーブルを抜き、ディスプレイの電源も切った。

 フッと真っ暗になり、忍のシルエットが映る。


「どうしても勝ちたくてな……」

「先輩らしくないですね。コンプラは守りましょう」

「悪かった。おかげで目が冷めたよ」


『――それでは、チームの皆様はレース会場に移動してください』


 社内の大会とはいえ、第一目的はエンタメではない。

 よって出場者の自己紹介などもなく、オリエンテーションもすぐに終わった。予定どおり五分だ。


 もう転送用のボタンが次々と押されている。

 一人、また一人と出場者が移動していく中、美咲のアバターは動かない。


「……」


 忍は鋭い。後輩に叱られたくらいでは鈍らない。


「自分との戦いだぞ。プレイに集中しろよ」

「わかってます」

「観覧者も他のプレイヤーも気にするな」

「わかってますって」

「わかってない」


 ロビーに残ったプレイヤーが二人だけとなる。


「緊張するなら俺を見ろ」


 アバターでも向かい合い、


「俺だけを見ろ。俺の声を聞け」


 リアルでも目を合わせた。


 忍はとうに気づいていたが、美咲は緊張している。

 たとえ会話を行えていても、先輩の不道徳を指摘できても、だから正常だとは限らない。表面上は上手くやれていても精神や肉体がこわばっていることはよくある。実家の影響だろうか、美咲は自分を誤魔化すのが上手い。そのせいで自覚できていない。

 自覚は指摘の受け皿だ。

 受け皿がなければ何も受け取れない。


 忍は少し迷ったが、ぽんっ、と美咲の肩に手を置き、握力をかける。

 皮を押し込み、肉を凹ませ、骨に伝える。

 上品なノックのように。


「……」


 動揺していた瞳が、落ち着きを取り戻していく。


「――ありがとうございます」


 忍は一瞬ミュートを解除して「問題ありません」司会進行に返した後、ボタンを押した。

 美咲もすぐに続く。


 移動先は――


「地上ですね」

「平原だな」


 ワールドはチームごとに分かれており、ここには二人しかいない。

 これと同じ世界があと14ほど存在するはずだ。中継役のスペクテイターは見えないが、いつ来るかはわからない。クラバーはサブワールドという機能があり、ワールド越しのテレポートですぐに移動できるし、スペクテイターのログインメッセージを非表示にする設定もある。このようなワールド分割スタイルは決して珍しくはなかった。

 メリットを一つ挙げるなら、ボイチャの区分けがかんたんなことだろう。二人しかいないため、ワールド内で開放するだけでいい。


「インベントリを整理しましょう」


 忍は「ああ」と答えたが、実はもう整理済であった。

 そもそも忍はホームポジション――どのアイテムをどのスロットに置くかという決まりを持たない。今回は整理不要と判断していた。


 美咲が整理する様を横目で眺める。


 アイテムの内訳は土ブロックが5スタック、豚肉が1スタック、水バケツとボードとベッドと火打ち石が1個ずつの計10個。これらがこの順で配置されている。

 インベントリはバリアされており、余計なアイテムは一つとして持てない。


 美咲は水バケツを第一スロットに、豚肉を第十スロットに置いたようだ。


「基本的に直進あるのみだな」

「思ってるより狭いですよね」


 左右にはワールドボーダーが敷かれており、幅は五十ブロック。ひたすら前進させるコースとなっている。

 フライングはできない。ダイアブロックで線が引かれており、これより先には進めない。


 コースの概要はすでに共有されている。

 地上とネザーの二部構成であり、この地上を進んだ先にネザーゲートがあって第二部となる。ネザーでは柱に立てられた松明を目印にして進んでいき、終点のネザーゲートをくぐるとゴールだ。


「先輩の想定どおりでしたね」


 手持ちのアイテムを駆使しつつ原始的な地形を移動するレースというわけだ。


「そろそろ始まるぞ――」


 カウントダウンが始まった。

 10、9、8――と、金床を打つ音でカウントされていく。


 ――3、2、1。


 パァンとピストルの空砲音が鳴る。

 同時にスタートラインのバリアもなくなり、忍と美咲は駆け出した。

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