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「なんか不思議ですね。仕事なのに、こうしてお喋りしながらマイクラで遊んでるなんて」


 二人のアバターが並走している。

 ジャッ、ジャッと一定のリズムで足元に土ブロックを置きながら、決して途切れぬ地平線に向かって延々とダッシュジャンプしている。ダジャブの練習中であった。


「遊びじゃなくて練習だし、練習に私語は要らない」

「私はお喋りしながらの方がモチベが続くタイプです」

「だから一応付き合ってやってる」

「偉そうですね。私よりミス多いくせに」


 美咲は飲み込みが早く、ダジャブはマスターしつつある。今も絶えず続けているが、もう二十回以上失敗していない。

 そろそろ個数が切れる頃だ。隣のスロットに切り替えるか、空いた今のスロットにインベントリから補充する必要があるが、まだそこまではできまい――想像どおり「あっ」美咲、ブロックを差し込めず。


使用アイテムの切り替えスイッチングも練習した方がいい」

「ですね」


 美咲のアバターがいったん静止したので、忍も止まる。

 傍らに置いた水筒――具だくさん味噌汁をがぶ飲みして昼食を摂る。


「――やっぱり私は間違ってませんでした」


 どこか意味深な雑談の開始を悟った忍は、美咲の目の前に移動することで傾聴の姿勢を示す。


「先輩なら私を変えてくれると思ったんです」


 忍がつくった二人専用のスクラボは、主に忍が調査検討内容から自己開示まで何でも書き殴っている場所だったが、つられたのか美咲の語りも増えてきた。

 配属先の話も書いてくれた。忍が属するゼロイチ事業部門を志望したのも、忍がいたからだという。配属面談では忍と一緒に働きたい、ともアピールしたのだとか。


 まだ会ったこともなければ、ビデオ越しに目を合わせたこともないが、基本的なプロフィールと容姿はわかっている。

 美咲は社員証に使われている顔社員のみならず、プライベートと思しき写真もアップしてくれた。友達と映ったものはなく、社交界に参加したものもなく、両親や兄弟姉妹との仲睦まじいものも皆無。一緒に映り込んでいた唯一の老人は執事で――



 面倒くさそうなのに好かれたな。



 忍は口パクでそう言った。


「実家の威光を恐れない」


 随一のスーパーゼネコン、宮崎建設を指しているのだろう。

 外資系大手のごとき苛烈なビジネス戦略と、黒い噂が絶えずネットにもその手の情報が腐るほど転がっている得体のしれなさ。

 そして、そんなものになどとらわれないJSCの管理職――ある種の怪物達ですらこぞって娘を腫れ物扱し、遠ざけているという現実。


女を無知と決め込んだ一方的な説明マンスプレイニングもしてこない」


「私の容姿を見ても、声を聞いても下心を出さない」


「私の意見もちゃんと聞いてくれる。新人だからとはねのけたりしない」


スクライブボックススクラボという新しい世界も教えてくれた」


 美咲の独り言が続いている。

 忍はズズッと味噌汁を味わいつつ、しかし何も返さず聞くのみ。高級なマイクを使っておりノイズキャンセリングも優秀なため、美咲側には何も聞こえていないはずだ。あるいは、あえて聞かせることで実は聞いていないのだと不快感を与えた方が良策かもしれない。


 昨日弟にも言われたばかりだが、忍は深い人付き合いを避けるきらいがある。

 その頭はどうやって好感度を下げようかとの算段に入っている。


 列挙がいったん落ち着いたため、忍はとりあえず、


「俺は何もしていない。スクラボで遊んでくれる知り合いができたくらいにしか思ってないし、宮崎さんの期待に応えるつもりもない――自分を変えるのは、いつだって自分だけだ」

「先輩は凄い人です」

「いや、俺が凄いんじゃなくて、俺の書き殴りを肯定的に解釈した宮崎さんが凄いだけでは」

「謙遜もする」

「どこがだよ」


 忍は思わず苦笑する。

 スクラボでは一切の遠慮をしていない。【宮崎美咲はモラトリアム】ページは今も残っているが、そういうページは他にもあるのだ。その癖、自画自賛や自慢の発表ショー・アンド・テルも余念無く行った。遊んでくれると言ったが、まさにそのとおりで、忍としては好き勝手遊んだだけにすぎない。


 言語化は楽しいし、それを読んでくれる人がいたらもっと楽しい。

 仕事であれば、立場を使えば多少は強要もできる。それでついてこれなかったり、上司にチクられて問題になったりしてもそれはそれで良かった。


 忍はそもそも会社になど一切期待をしていないし、執着もない。

 会社員など、わらじの一足にすぎないのだから。


「私、先輩ともっと仲良くなりたいです」

「唐突すぎて草」

「草?」

「……あ、いや、笑ったって意味」

「それは知ってますけど」


 期待していないからといって、仮面はしっかり被らねばならない。忍は配信時の口調が出てしまったことを自覚したが、同時に好機だとも捉えた。

 会社員の文脈なら、近づきたがる相手は与し易い。何も女性の特権ではないのだ。


 忍が攻撃、いや口撃を仕掛けようと、口を開きかけたところで、



>中田高奈がログインしました。



「あ、高奈さん」


 このワールドの入り方は全社ウィキ――社員全員が読み書きできるウィキの、大田グループのエリアに書いてある。

 忍は業務の透明性も重視しており、仕事に関する情報は全社ウィキに書くことが多い。少なくとも情報や場所へのアクセス方法は書く。

 とはいえ従業員二万人のウィキなどページも星の数ほど存在するし、検索もヒット数が多すぎて機能しない。偶然誰かが来ることはほぼない。意図的にウォッチしていたのだろう。


 それがテレポートコマンドで飛んできたのを見た後、「物好きな奴だな」忍が毒を吐く。


「様子見に来ちゃった。練習は捗ってる?」

「はい。ダジャブもできるようになったんですよ、ほら」

「おー」


 高奈は忍の方を見向きもしない。同期でもあり、ご近所さん、というよりお隣さんでもあるためこちらも遠慮は無いに等しい。


「先輩に色々と教えていただきま――」


>11:26。午前はここまでにする。昼飯食ったら再開する。


>堀山忍がログアウトしました。


「わざわざ時刻込みで書くところが腹立つよね」

「……そうですね」

「宮崎さんはお昼、大丈夫?」

「どっちでもいいですよ。一緒に行きます?」

「ごめん今日リモート」

「残念」


 残った二人はしばしガールズトークに花を咲かせた。

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