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「エンパで先回りするのワロタ」

「動きがTASだよね。たまに何してるか見えないんだけど」


 翌日の朝五時半。

 いつものクラバーにはラキとナナストロの二人。

 通常、この時間帯は誰もいないが、二人とも生活リズムがめちゃくちゃでたまたま居合わせている。


 昨日ノブから提出された動画を見ている。クラバーにはムービーブロック――動画再生機能があり、マイクラ世界のままで同時視聴を行える。


>ネコはゴリラに殺害された


「キューリさんでも勝てないか」

「ここまで粘れてる時点でエグいけどね」


 エンドはノブ一人になった。あとは散歩だ。


「なんでエンドストーン掘ってんの? 早く倒せばよくない?」

「プレイヤーに備えての補充でしょ。葉ブロックも残りわずかだし」

「なんで盾持ってないの?」

「ブロックで防げるからでしょ」


 ノブの代名詞ともなっているのがそのブロック捌きだ。

 ノブロックとも呼ばれ、盾の代わりにブロックを積む。プレイ中でもブロックを調達することが多い。


「あー、手元見てみたいなー」

「わかる」


 ノブの正体はトップシークレットであり、ラキやナナストロでも及ぶことはできない。

 マイクラオンラインには公式の大会も存在し、不正防止のため手元を常時晒すルールが設けられているものもあるが、ノブがその手の大会に出ることもない。そもそも大会には出ない。もちろん手元動画を晒すといったサービスもしない。


 チート疑惑が出たことも一度や二度ではないが、マイクラオンラインのチート対策はスケールが違う。

 天下のマクロソフトがガチで取り組んでおり、論文も数多く発表されている他、関連サービスやソリューションの展開にも余念がない。オンラインゲーム界隈の秩序はここ最近で間違いなく底上げされており、もはやチートは下火になりつつあった。


「というか顔見たい。イケメンなのかな」

「夢を見るのは良くないと思うよ」

「チー牛? 三色チーズ牛丼の特盛りに温玉付きをお願いします?」

「どうだろうね」


 ラキのお喋りは今に始まったことではない。

 麗子とノブ、そしておそらく社長もこれを嫌うが、ナナストロはそうではなかった。とはいえ普段の中性的美声キャラで応じるほどではなく地声で応対している。それでも性別の断定がしづらい声質ではあった。ちなみに性別は明かしていないが、ラキは女派で麗子は男派。ノブはどうでもいい派。


「つか何歳だと思う? 私はおっさんだと思ってるんだけど」

「おじいさんかもよ」

「老人にこの操作は無理でしょ」

「はい老人ハラスメント~」

「いやナナスもゲーマーならわかるでしょ。賞味期限はスポーツ選手よりも短い」


 昨今のゲームは、それも競争や配信は、情報処理の限界を追求しているようなものだ。

 将棋や囲碁のようなボードゲームとは毛色が異なり、瞬発的な認識や反応が重視される。また新しいタイトルやルールも目まぐるしく登場する。これはマイクラというコンテンツに閉じても例外ではない。

 こういった瞬発力は若者の特権であり、加齢とは明確に負の相関がある。


 だからこそ、生き残るためには実力以外の何かが要る。

 配信者達がゲームという本業を脇においてでも配信に、コラボに、売名に力を入れるのはそのためだ。有名になってファンと人脈をたくさん獲得すれば、高い実力を維持しなくても済む。自身が構築したエコシステムの中で、あるいは業界における確立されたポジションの上で半永久的に生き長らえることができる。

 そういった活動は、実力の維持よりははるかにかんたんである。面倒ではあるし、適性、特に忍耐が必要ではあるが。


「急に現実を突き詰めるのはやめてほしいんだけど」

「ニートが何言ってんのよ。もう一生暮らせる額はあるでしょ」


 ティーラーズはチャンネル登録者数が多く、動画更新のペースも安定しており、メンバーシップを始めとした営利活動もサボらない。稼ぎは出ているし、従業員は最小限なのに取り分は均等分配ときている。ラキの発言は決して過言ではなかった。


「知ってるかい? 金銭と幸福の関係は、900万円くらいで頭打ちになるのさ」

「あー、一目見たいなー。つか会いたい」


 この後、ラキが寝落ちするまで二人はのんびりと過ごした。




      ◆  ◆  ◆




 朝六時。

 階段を上がって突き当たりに洗面所とトイレがある。右に行けば配信部屋、左に行けば仕事部屋だ。忍は左へ行く。

 こちらもスタンディングデスクが二台置かれただけの部屋である。物置用デスクにノートパソコンがいくつか置かれているが、その一つを手に取り、仕事用デスクに置いた。


 マイクラ用シンクライアント『マイクライアント』。

 リモートデスクトップしか能のない端末をシンクライアントというが、そのマイクラ版と言える。基本的にマイクラを、特にマイクラバーチャルオフィスクラバーと繋ぐことしかできない単純なノートパソコンである。

 データは保存されず、接続の認証はパスワードレスで生体認証も経るため安全だ。しかしマイクラの操作は想定しており、マウスは外付けだがキーボードは打ちやすく頑丈。CPU、メモリ、グラフィックボードといったスペックも問題無い水準が搭載されている。

 マクロソフトの製品としてそこそこの人気を誇り、忍が勤めるJSC――日本システムコンサルティングでも商材として扱っていたりする。


 クラバーにログインし、自身が所属する部署グループ『大田グループ』のワールドを選ぶ。


 石英クォーツブロックベースの白基調な内装に出迎えられる。天井も空間も広く、良く言えばゆとりがあり、悪く言えば無駄に広い。

 ニ階建てのオフィスだが、忍はすぐに外に出た。


 空は既に青い。

 クラバーでは現実の時間と同期されており、通常の昼夜サイクルは機能しない。現実で午前六時五分ならクラバー内も六時五分である。マイクラの朝六時はもう明るい。


 保護された敷地内を出てダークオークの森に入り、迷うことなくダッシュジャンプで進んでいく。

 敷地内はバーチャルオフィス用途に強い制約がかかっており、採掘もできなければ大半のブロックすら配置できないが、敷地外は別で、普通にサバイバルだ。建築や冒険に勤しむこともできるが、忍にその気は無かった。そもそもダークオーク地帯に来ているのも、誰も寄り付かないからである。


 森の奥底には板材ブロックがあちこちに設置されたエリアがあった。

 忍が整備したアスレチック場であり、ノンストップで進めば30秒とかからない。クリアすると木の頂きに到達する。


 起伏の激しい、葉の地面が広がっている。

 遠目にはかすかに箱型の建物――大田グループのオフィスが見えている。あと二時間もすれば人が増えてくるだろう。ログイン状況はタブキーでわかるし、全体チャットや個別チャットもあるため、別にオフィスに居座る必要などない。ここが忍の定位置であった。


 早速ランチャーブロックを置き、続いて叩くことで、普段使っているWindows端末にログインする。といってもマイクライアント上のマイクラアプリの他にもうひとつ、リモートデスクトップウィンドウが立ち上がるだけだ。

 要は普通のリモートデスクトップと大差無い。ただマイクラから起動する点が違う。マイクライアントはクラバーをベースに各種アプリを立ち上げる動線となっており、その使い心地は洗練されている。裏では専用のOS『マイクラオス』が動作しており、パッと見はWindowsと似ているが全くの別物らしい。

 マイクラオスは既にそこそこのシェアを占めており、特に十代にはWindowsは使ったことないがマイクラオスは使っている者も多く、マイクラオス・ネイティブ世代と呼ばれる。


「会議二件か。だるいな……」


 午前に偏っているのが幸いだがキャリア面談、成果物レビューと続いている。

 予定を忘れてしまわないよう、忍は物置デスクからキッチンタイマーを二つ取り、現在時刻から逆算してセットした後、伏せて置く。と、そのとき、


>宮崎美咲がログインしました。


「早いな……」


 宮崎美咲。

 入社二年目の最若手で、どこぞのご令嬢らしく、扱いを持て余されている社員。去年は中堅田中がメンターを努めたが、今年はもうない。今月からは忍につけられており、一緒に仕事をする仲である。


>おはようございます。


「元気いいな……」


 ダイレクトチャット――クラバーの個別チャットが飛んできている。


>出社早いね。無理して合わせなくてもいいよ。


>そういうわけにはいきません!


 忍はこの女性が苦手だった。

 無能ではないし、むしろ賢い部類だが、少々融通が利かない。あと圧が凄い。


 そもそも誰かの世話をするなどガラではなかった。忍はとして知られ、チームプレイもまともにできない問題社員とみなされている。実際、入社して十年を超えているにもかかわらず、未だに一度も昇進していない。平社員等級における評価も低く、給与水準やボーナスは下手すれば入社数年目の社員にも負ける。給与は見えないにしても、十年超えの平社員はJSCではいわくつきとみなされるレベルだ。

 そんな忍にフレッシュな二年目をあてがっているのである。正気とは思えない。


>資料つくってます。内部レビューしてほしいです。


>今日のレビューは俺の資料を使うって書いたよね?


>私の資料を見ていただければ、心変わりするかもしれません。


>宮崎さんの出番は想定していない → <URL>


 忍はスクラボのURLを張った。

 今回の仕事のやり方について説明したページだ。


 生成AI『ChatGPT』の調査報告。

 今回は忍が全面的に作成し、報告することにしてある。美咲には何のタスクも課しておらず、適当に勉強するなり試してみるなり勉強ノートや報告書をつくってみるなりすればいいと言っている。また、忍はすべての情報をオープンにしているため、自由に閲覧して勉強しても良いとも言っている。

 つまり美咲には勉強期間モラトリアムを設定しているだけで、戦力としてはカウントしていない。


 別にいじめでもなければ、高尚な理由もなかった。

 単に力不足だからだ。美咲は文系出身ということもあって、技術的素養が足りていない。なら、これを期に一気に鍛えてしまおうという魂胆であった。

 幸いにも美咲には自律的に動ける素養がある。クラバーを始めとするツールの使い方も問題無い。タイピングも速い。なら自由にやらせればいい。何かつくったのなら、それは全部目を通してフィードバックすればよい。締切のある仕事ではないから存分に遊べばいいし、忍自身も存分に使ってくれて構わなかった。


>私の相談には乗らない、と仰られてますか?


>そうは言ってない。つくった資料は午後に見てフィードバックする。


>九時からレビューですよね。九時までに見てください。


>それはできない。宮崎さんの出番は想定していない。


>見てから言ってください! 出来が悪ければ引き下がります。


「伝わってねぇ……」


 仕方ないので忍はスクラボを開き、ページを一つつくる。

 今回の文脈を改めてストレートに書き直し、過去のチャットからQ&Aもつくった上で、最後にタイトルをつけた。


【宮崎美咲はモラトリアム】


 ド直球であった。

 このスクラボは忍と美咲の二人用であるため晒しには該当しないが、辛辣なのは間違いない。


 共有後、チャット欄は嘘のように静まり返った。

 その間に忍は仕事を再開する。

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