第3話 村へ


シエル達と暮らして2日が経った。 俺は彼女達の事をそれなりに理解し始めた。

まず、彼女達は山賊ではなく猟師であるらしい。 今の時期だけ山に定住して、木こりをしたり狩猟をやって、村には家もあるとか。

山賊行為はこれが初めてで、男一人歩いている様子を目撃して、跡をつける内につい魔が差してやってしまったとの事だ。

……いや山賊の第一歩じゃないか。 俺はジョブチェンジの瞬間を見届けたって事だ。 普通人から犯罪者へのジョブチェンを。


「ちょっと、相談したい事があるんですけど大丈夫ですか?」


「あ?」


今はシエルさんとの二人きり。 現在、雑用を頼まれたりもするが基本的に性的奉仕以外の仕事は求められない。 良いご身分なのかもしれないが、この小屋で長い時間を過ごす気はない。 山賊Cとして暮らすのは単にリスキーでもあるし、何より一番は文化的じゃない。 飢える心配が無くなった今、社会に属したいという次の目標が生まれていた。


「僕、街に行ってみたいんです。前にも話した通り、僕は全然違う地域からこの国に迷い込んでしまったんですよ。ここに来るまでの記憶も曖昧で。人の多い所に行けば何かが分かるんじゃないかと思ってるんですけど、どうか連れていってくれませんか。」


「……街か……」


逃げられる可能性があるから嫌だよ、と率直にシエルは思った。 この男、橘(タチバナと名乗った)は多分私に惚れてるはずだが……単なる淫乱男、である可能性も捨てきれない。

そもそも三人世帯で不自由な暮らし、街に出たら流石に逃げ出すだろう。

逃亡先の当てが無くても男なんだから教会が簡単に匿ってくれるだろうしな。 こいつの言ってる妙な身の上話が全部法螺で、適当に信用させた所でエスケープ、こっちはもう追いかける術が無いっていう筋書きが客観的には一番あり得る。

とはいえ真に迫る部分があって、個人的には結構信じてたりもするんだが。 少なくともこの辺りにまったく知り合いが居ない事、遠い異国からやってきた事は本当なのではないか?

でなければ何故男一人で山道をうろつく? それに私が言うのもおかしいが、悪さをする様な胡散臭い人物にも見えない。 本当のところ、こいつがそんなに困った状況なら出来るだけ力になってあげたいという気持ちもある。 しかしま……答えはノーだな。


「駄目だね。 アンタが官憲にアタシらの事喋ったら、縛り首になんだよ。」


「僕は絶対何も言いませんよ! 本当になんとも思ってませんし、むしろ貴方みたいな美人と関係を持てて、幸せに思ってるくらいで。 世話までして頂いて、本当に感謝してるんですよ」


「分かってるって。 別に疑ってるんじゃないよ? でも街はやっぱり今度にしようよ。 知らない国は危ないしさ。 あんたの言う異世界の話はアタシが村で調べてくるから安心してなって。 それより、ねえ、ほら、しようよぉ……」 


駄目だ! またエロモードになりやがった。 こいつら基本的に脳みそが男子中学生並で、ちょっとでもその気になると止まらなくなる。

俺自身も男として人並みだと思ってるが、この様子を見て性欲の波が引いてる部分がある。

しかし村か……村でもいい。 とにかく人と話がしたい。 山賊と3人きりの世界でこれ以上過ごしたくない。 ヤってる最中に交渉したら要望通らないかな……。


────


「じゃあお願いしますね……。」


「あぁ……♥うん……♥明日、連れてくから……♥」


通った……。 この方法なら金の無心でも通りそうで変な気分になるな。 余り自分の価値を過大評価しない様に気をつけておこう。 とにかく交渉の結果、監視付きの日帰りツアーとはいえ村に行ける事になった。 彼女らが完全に孤立しているお尋ね者でなくて良かったと言いたい。 ようやく事態が前に進んでいく展望が見えてきたぞ。


──ウネゴ村──


「姉御、マジで連れて行くんですか? 私もあそこでずっと飼い殺しとは思ってませんでしたけど……」


「……大丈夫だ。 少なくともこの村の人間では無い。 こいつが黙ってりゃ今日お縄に掛かったりはしないはずだよ」


ギロリとシエルさんに睨まれる。 分かってるよ。 ここで告発しても困るのはこっちだしさ。 そうでなくとも食事と宿の世話をして貰ってる恩人なんだから、裏切ったりなんかするつもりはない。

しかしどう見ても不本意そうなのにしっかり約束を守って村まで連れてくれたなぁ。 やっぱ気が変わったとか言って山で埋められるんじゃないかと途中ビクビクしてたぞ。 約束はしっかり守るタイプ……ちょっと、いやかなり見直した。


さて村の様子は……本当にファンタジーっていうか、中世ヨーロッパ的な雰囲気だな。 詳しくはないけど、みんな忙しそうに畑仕事してるから作付け時かな? 日本時間で春だったから、多分ここも春だろう。 しかしそんな忙しい時期にこの二人は村を離れていたのか……?


「!!!!オーイ!!!!シエル!ヴィエラ!お前ら戻ってきたんか!」


「なんだって?!おぉ……確かに、あのうすらデカいのは……」


「あいつら結局戻ってきたのかい。どこぞで野垂れ死んでれば良いと思っていたが……」


「連れてるのもしかして男か…?もしかしてまた何か問題を持ち込んできたんじゃ……」


なんだ……注目されてるというか……悪目立ちしてるみたいだぞ。 二人も妙にビクビクしてるし。 この村を入る前からずっと人目を気にしてたが、何を気にしてるんだ? 犯罪の後ろめたさかと思ったが、こいつらもしかしなくとも村のはみ出しものだな。 だいそれた事をする割には肝が小さいというか。

理不尽系ならかばってあげたいけど、自業自得系ならどうにか関係を切る事を考えておこう。

そんな事を気にしてると遠くからおばさんが近づいてきた。 雰囲気的に有力者っぽいな。


「あんたらもう帰ってきたのね。……その後ろの男の子は?まさか人攫いじゃないだろうね?」


そのまさかです。


「いや後ろのは……っす。」「別に関係無くて……」「今日はシスターに話を……」


「ボソボソ喋らない!!!!」


「「すみません!」」


なんだなんだ……こいつら見た目がゴツいだけでそんなに怖くないな。 おばちゃんに頭が上がらないのはまだしも、やり合えてないというか、態度が子供過ぎるというか。 歳聞いてなかったけどもしかしてかなり若いんじゃないか……?

簡単に人を見くびるのも良くない事と知りつつ、僕は第一印象から山賊姉妹の評価を減算し続けていた。


「っとごめんなさいねぇ。貴方はもしかして、迷子かしら?荷物は無いようだけど」


「はい。近くの山で遭難していた所を丁度シエルさん達に助けて頂いたんです。それで、僕この辺りの事も何も知らなくて。教会の司祭様に色々とお伺いしたい事があるんですが、よろしいでしょうか?」


取り敢えず丁寧な態度で年配の人のご機嫌を伺う。 間違ってないよね?


「あぁそんな事ならもう、私が案内しますとも。丁度この時間いらっしゃいますからついてきてくださいな。……あんたらもう案内は済んだろ?とっとと自分の家に帰んな」


「あ……いや……私達も付き添いで……」


「"また"何か起きたらこの子にお詫びのしようも無いんだよ!良いから帰ってなさい!ったく、二人もいい年なのに後ろの坊ちゃんに全部喋らせて……」


と、おばさんは取り付く島もない様で二人を追っ払ってしまった。 随分な態度だな。 よっぽど悪い事してたのか? 二人からこんな簡単に離れる事が出来たのはラッキーだけど、ちょっと事情を聞き出したい……。


「あ、あの、どうもありがとうございます。僕はタチバナと申します。お二人には色々と良くして頂いたんですけど、村で何かあったんでしょうか……?」


「あぁこれはご丁寧に……私は村長のズザナと申します。あの二人はね……助けて貰ったっていうのは間違いないのね?本当なのね?」


「大丈夫ですよ、二人には食事も分けていただいて……」


心配するような、確認する様な顔で僕の体を何度も見て聞いてくる。 男性の僕に対して、まったく奇妙な話だが、性被害にあってないかの確認だと直感的に理解出来た。

奴らどんだけの性獣なのか? 既に被害者多数なのか? ……気遣われてる事は、取り敢えず喜ばしい事かもしれないが。 正直おばさんのお節介って感じでどうも微妙な気分だな。


僕があの巨躯の女二人に、"何か"をされたんじゃないかと執拗に確認されている。 「はい」と答えるまで終わらないんじゃないかと思うぐらい、丁寧な尋問だ。

なんだろうな……もし懸念が当たっていたとしても、いや当たってるんだけども、そんなしつこく聞く事かね? 被害者の気持ちを考えればこういう態度は不適切だと思う。

そんなふうな女性の心理を自分に当て嵌めるのもまた奇妙だが、出会う女性がみんな、どこかオヤジ然としているのでそんな風に思ってしまう。


そういえばこの村妙に女が多いな。 見た感じ畑に出てるのが女しかいない……男が戦争で取られたとかで極端に女余りになった村とかか?

それであいつらも男を……。 拙い仮説だが多分当たってる気がする。 これなら話の筋が通ってくる。

なんて事を考えて、いまいち煮えきらない態度の村長とお喋りをしていると村の教会についた。

僕の話は聞いてくれてる様で殆ど無視されてしまって、結局二人が村で何をしてるかは聞けなかった。

し、失礼なおばさんやの~。 この程度で一々腹は立てないけども。


「シスター様ぁ! どうも旅人が一人遭難してたみたいで……村で今保護したんですわぁ! それも男で! ちょっと出て頂けますかぁ!」


多分、居住スペースにいるであろうシスターに向かって村長が怒鳴る。

教会は石造りで村の規模の割には立派な構造をしている。 門もしっかりした作りだし、ヨーロッパ観光で見たら感動して写真に撮るだろうなぁ。


「おまたせしました」


てってってっと急いだ足音と共にシスターがやってくる。 金髪で、かなり若いな。 もっとマザーテレサみたいな尼さんを想像してた。 僧衣を脱いだら、絶対美女じゃん。


「シスター・ユールと申します。遭難とはお気の毒でしたね。奥で話聞きますのでどうぞ……」


いきなりユールさんに手を握られ、奥に案内される。 触られるの苦手じゃないけど、なぜだか唐突さ、不自然さを感じた。 恐らく俺が日本人だからだな。 これが本場の洋風文化。

テレテレしながらも俺は引きずられていく。 色々あったがどうやら初めてこの世界の事を本格的に情報収集出来そうだ。

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