第2話 異世界を認識


「へえ……そうなのかい。 ナガノ県? 聞いた事無いが……うんうん……。」


その後俺は──殺される事は無かった。 それどころか暴漢(女には当て嵌まらぬ漢字だが)と仲良くなり、身の上を聞いて貰っている。 話せば話す程自分が極めて深刻な状況にいる事が明らかになり、とにかく彼女達がこちらに好感を持っている以上、是非親交を結びこの土地の案内をして貰う必要があると、強く感じていた。 例え、相手が犯罪者であったとしても。

山道の案内ではない。 恐らく俺は……別の世界に渡ってしまったのだ。


「はふ……♥あぁ……♥」


「zzz……zzz……」


とにかく俺は、初めてを経験した。 今昔物語集に乗っている様な、奇妙過ぎるシチュエーション。 これは夢だ!と思った。 心地よいからでなく、状況をまったく理解出来ないがために。 寝て見る方の夢なんじゃないかと思った。 疲れ果てた女がぐったりと眠った頃には既に朝日が差していて、倒れる様に自分も寝た。 目覚めると小屋のベッドだった。


一瞬夢が覚めたんだと思ったが、横を振り向くとしっとりとした目で見つめる大女が視界に入って、昨日の事は丸っきり現実である事を再認識した。

クルリとした金髪で、毛を刈らない羊の様にモコモコ伸びたロングヘアー。 妹、というか子分の方……名前は確か、ヴィエラ。

姉貴分のシエル──やはりモコモコと茶髪を伸ばしっぱにしている──は繕い物をしているようだった。


「お前しばらくアタシらと暮らしなよ。 飯の面倒は見てやるからさぁ。 代わりに夜の面倒を見てくれよ。 ドスケベのアンタには嬉しいだろぉ? ウヘヘ」


逃げたり抵抗する能力が無い事を悟られて、俺はこの暴漢達に監禁される事になった。 共同生活をする事が決まって、何となく会話が始まり、俺は自分の事を話す事になった。

高校の卒業式の帰りに山に入り遭難した事。 児童養護施設、伝わりやすく言うと孤児院、に暮らしていた事。 就職が決まり一人暮らしの面倒を見てもらう事が決まっていた事。

伝えた情報は殆ど理解されなかったが、教育を受ける程度には出自が定かであり、とはいえ金には縁がない、寄る辺の無い人間であると解釈された。 否定せず、そのように理解したら良いと思った。 ギクシャクした反応にならない事は嬉しい。

そして代わりに受け取った情報は、極めて衝撃的で、しかし整合性があるが故に、すんなりと納得出来る物だった。

曰く、この地域には俺の言う様な地域や機関は存在せず、ここはハリーゴ王国の東部、農村と農村を結ぶ山間部で一人歩いている所を狙われたのだと言う。

日本の山でどれだけ迷っても、外国に行き着いたりはしない。 恐らく、気づかぬ内に結界を跨いで、地球ですら無いどこかに辿り着いたのだ。

ここでWhy(何故?)を問う必要はない。 何故異世界に? 何故俺が? 答えは恐らく出しようがない。 とにかく今そうなっているという事が重要だ。

これが夢や大掛かりな芝居とは流石に思っていない。 真剣に生きる方法を探さなくてはならない。

まず、帰る方法を考える。 もう一度山で彷徨えば良いのか? 或いは魔法の力で扉を開いて帰るのだろうか?

いずれにしても今その方法を試す事は出来ない。 もう一度寝て起きたら自室の布団で目覚めるという可能性も充分にあるが、今考えるべきは、このよくわからない外国で身一つで放り出されたという現実だ。

まず俺にはサバイバルの知識も経験も無いのだから、現地人の世話になって、この世界で暮らす術を身に着けなければならない。

ロビンソン・クルーソーの様な物だが、野山で一人になったら一晩で死ぬくらい柔弱な現代人であるから、より状況は悪い。

しかし救いはある。 第一に接触したのが村人や商人でなく、犯罪者というのは酷な話だが、その犯罪者と友好な空気を築きつつある。

よそ者扱い、異常者扱いで排斥されどこにも属せないという巡りもあったかもしれないと想像したら、ゾクリ、これは幸運ではないだろうか。

今この小屋は日本と異世界とを繋ぐ一本の命綱の様な物で、例え異国でも俺は孤独ではない、と未来を考える活力が湧いてくる。


「そうなんだ……ふ~ん。私もねぇ……」


「そんな事も知らねえのかよ……フフ、この国の商人は大抵な……」


しかし……あ……? こいつら何和んでるんだ……? 俺は昨日刃物を突きつけられて強姦されたんだぞ……? 異世界でどうかは知らんが……男が被害者で女が加害者でも暴行罪は成立する。

そりゃこっちもその気になってたし、いうなれば和姦……の様な感じだったかもしれないが、生理的反応と合意形成はまったく別の話のはずだ。

それを何故そんな、友人か恋人と話す様な距離感で話しかけてくる訳よ……?

もしかして俺がお前らに惚れた……心を開いてると思ってるのか……?

セックスから始まる恋……体が結びついたのだから心を結ぶ番だと……イチャイチャする関係……カップルになったと……。

馬鹿野郎……! 男を舐めるな……! 威圧的に話されるよりも助かるため、そんな態度はおくびにも出さないが、俺はこいつらの態度に少なからず嫌悪感、違和感を抱いていた。

確かに美人でグラマーで、誰もが振り向く女かも知れないが。 それは通常のシチュエーションならば、だ。

なぜ、この美貌の持ち主が男に飢え、養ってまで手元に置こうとするのか。

未だ解けぬ不思議だが……とにかく言える事は、こいつらはきっと自分に都合の良い勘違いをしている。 事実を捻じ曲げ、世の中は自分の思うままに動いていく物だと錯覚していやがるんだ。

男女を逆にして考えれば、こんなに暴力的で屈辱的な事は無い。 俺は男だから、何も傷ついたり失ったりも無いし、役得だったとも正直思うが。

それでもこいつらの異性に対する観念は、どうも心地が悪い。

手籠めにした後、気持ちよかったろうと声を掛け、その後の人間関係を樹立しようとするなど。

せめて悪であれ。 "嬲"る者、もとい、嫐る者、嫐られる者であるという関係性を認識しろ……!

もちろん、俺はこの奇妙な認識、団子の次は花も欲しいという、我儘な欲望のために助けられているのだから、この事に感謝せねばならないのかもしれないが。

この謎はいずれ解く必要があるはずだ。 すなわち、この女達、シエルとヴィエラが特殊なのか? ──この世界の常識が俺の常識と異なるのか?

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