第60話  冬黒光李と闇野春火

 先日の四鬼と遭遇した日。

 あの時、闇野春火の事を思い出したのは青春だけではなかった。


 青春が姉さんと叫んだ瞬間、冬黒もまた、春火を思い出していた。


 好きだった人の事を……


 

 ♢



 約、一年前……


「ふ、ふゆくろひかりくん?」

「とうごくこうりです。闇野春火さん」


 冬黒は幼なじみの秋葉の伯父にスカウトされ、妖魔対策本部に入った。

 そこで出会ったのは、高校一年生ながら組織でトップの実力者たる、闇野春火だった。


「光李くんね! でもあだ名で呼びたいな~こうりんって、呼んでいい?」

「……お好きなように」


 冬黒から見た春火の第一印象は、明るく騒がしそうな今時の女子高生だった。


 冬黒は将来を有望視されていたため、エースの春火のサポート役としてパートナーを組み、実戦を学ぶように指示されていた。


 春火の実力は目を見張るものだった。ただの女子高生ではない。

 あらゆる妖魔をいとも簡単に処理していく様には尊敬の念を感じた。


「でね! 青くん当時の幼稚園の先生にデレデレしてたの! 姉としては許せないっていうか!」


 共に行動するため、ちょくちょく世間話を聞かされた。主に溺愛してる弟の事。


 事あるごとに弟の青春の話をされていた。前に聞いたことまでも。耳にタコができる。


 目に入れても痛くないとはこのことなのかと、聞いてて思っていた。

 華の女子高生の出る話が弟の事ばかりなのだ。それだけ好きで仕方ないんだろうなと、冬黒は思っていた。


 ……いつの頃からか、そんな大好きな弟を語る春火を見て胸が少し苦しくなっていた。


 闇野春火はロングヘアーの美しい青い髪に、華も恥じらう美しい容姿。背丈は小柄でかわいらしい。

 学校でもよくモテたらしい。

 当人は弟Loveで彼氏はいないとは聞かされていた。

 それに今は妖魔退治で忙しいからと。


 聞くところによると、弟が高すぎる魔力を秘めているため、妖魔に狙われていたのを発見したのが妖魔退治を始めたきっかけだったらしい。


 その時助けてくれた組織のリーダー桜ヶ丘に師事して、今はエースとまで昇りつめたのだとか。


 組織の中でも人気者だった彼女。

 学校でも、組織でも……


 冬黒は基本他人に興味なんてなかった。幼なじみの秋葉といった一部の人間以外とは好き好んで関わろうとも思わなかった。


 ……なのに、共に行動していく間に、彼女の人柄に惹かれてる事に気づいた。


 見ず知らずの人を自分の身をかえりみず助ける優しさ。後輩の自分を思いやる面倒見の良さ。誰にでも明るく接する人柄の良さ……


 他人と距離を取る自分とは真逆な彼女が眩しかった。

 こんな自分を気にかけてくれる事が嬉しかった。


 ある時、戦いで怪我を負った自分を必死に看病してくれた事もあった。


 自覚はまだなかった。

 でもこうして自分ではなく、弟の事ばかり話す春火が嫌だった。


 まだ、弟だから我慢もできた。

 でも、これが他の男だったら?

 彼女は人気者だ。学校にも組織にも、彼女を狙う者はいるかもしれない。


 ……想像するだけで、無性に嫌だった。


 そうして、やっと冬黒は察したのだ。


(そうか、自分は春火さんの事が好きだったんだ)


 弟の話に嫉妬していたんだと、そこで初めてわかった。

 少し、恥ずかしかった。

 初恋だったから。


 そんなものに、自分は一生縁がないと達観してたのに。



「でね! 青くんたら私のためにプレゼントを用意……」

「春火さん、好きです」

「……え?」

「あ」


 つい、口に出てしまった。

 告白する気なんてなかったのに。

 ただ嫉妬心が勝ったのか、自分を見てほしいと思ったのか、つい、口に出た。


 しばしの静寂。


「え、え~っと、それってら、Like的な?」


 春火の顔は少しだけ赤かった。


 彼女はモテる。そう言った告白には慣れてるだろう。

 なのに赤くなってくれた?

 もしかしたら、脈があるのだろうか? 

 冬黒は思い違いかもしれなくとも、もう動くしかないと思っていた。


 他の誰かと恋人になる春火を見たくない。他の男の話をしてほしくない。

 子供っぽい自分を恥に思いながらも、冬黒は動く。


「LOVE的な意味です」


 らしくなく、顔を赤くしながら冬黒は告白した。


「自分は春火さんが好きです」

「い、いやその、コウリンには年の近いかわいい子とかのが、」

「自分はあなたしか見えてません」

「と、年上だよ? 高校生だよ?」

「関係ない。例え十や二十離れてたとしても、この感情は変わりません」


 思いの丈をストレートに伝える冬黒。今までひょうひょうといろんな告白を切り抜けてきた春火は、この幼い子のまっすぐな感情にたじたじになっていた。


 彼女としても冬黒はお気に入りではあった。

 溺愛してる弟のように美しい容姿、同じ年齢、無口。

 どことなく弟と重ねていたからかもしれない。


 実は好意そのものは……

 とても嬉しく感じていた。


 でも相手は中学生だし、まだ色恋をするつもりはない……


 今は弟のための妖魔退治がすべて。


 ――だから。


「ま、まだ色恋する気ないんだよね……それにコウリン中学生だし」

「……ですよね」


 わかってた。そんな表情だった。

 

「で、でも、コウリンがもう少し大きくなっても同じ感情、持ち続けてくれてたなら……考えてあげてもいいかも」

「本当ですか?」

「う、うん」


 かわいそうと思ったのか、それとも気持ちは嬉しかったからか、春火は告白を保留とした。


 ……彼女が男からの告白を保留にしたのは初めての事だった。




 ♢



 それから数ヶ月経った時だった。

 春火は多くの妖魔を従える四鬼の存在を知った。

 彼女は青春を狙う妖魔を壊滅させるチャンスと思った。


 組織からは止められた。詳細不明すぎて危険と。


 でも、彼女は動いた。自信があったから。


 冬黒は協力するとついて行こうとした。

 だが、春火は一人で行ってしまった。自分の勝手な行動に巻き込みたくなかったから……


「コウリンには大きくなってもらわないといけないからね~」


 そして、冬黒の記憶はなくなった。

 それはつまり……




 ♢


 


「自分が大きくなっても、あなたがいないんじゃ意味、ない……」


 青春が絶望したあの日、冬黒もまた記憶を取り戻していた。


 しかしその記憶もまた、今はない。


 今現在はまた過去を忘れている。春火の顔も思い出せない。


 だが、好きだった。その感情だけは覚えていた。


 刻んだから。心に。


 思い出したあの日、また消されると理解した冬黒は、ただ彼女を、春火を愛してたという感情だけを心に刻み付けメモもした。


 だから何もかも忘れても、好きだったことだけは今も覚えていられる。


 自分がそこまでしたほど愛した人。そんな人を奪った四鬼を許せるか? 許せるはずがない。


 殺す。必ず。


 そのためにはまず、配下を仕留める。奴の策略をぶち壊す。


 だから達田に協力を要請した……



「達田さん!」


 生放送中、突然狙撃された達田は致死量の出血をし、倒れた。


 必死に駆け寄る冬黒。


「み、身から出た錆……さ」


 笑いかける達田。

 ダメだ。もう手遅れだ。瞬時に察する冬黒。


「父さん! 父さん!」


 尾浜に抑えつけられてる清史郎が見えた。泣き叫び、父に駆け寄ろうとしてる息子の姿だ。


 達田はそれを見てから冬黒に言う。


「頼むよ。息子のこと……それと、闇野くんには気にするなと……つ、た、え」

「達田さん!」


 ……達田の目から光は消え、冬黒の呼び掛けに答えなくなっていた……


 狙撃にはまるで気づけなかった。

 誰だ? 誰がやった?

 春火の次は達田か?

 

 冬黒の怒りは頂点に達していた。

 妖魔神四鬼、奴の手の者は確実に始末する。頭の中はそれでいっぱいになっていた。



 

 ♢



 スタジオから少し離れたビルの五階。そこに二人の妖魔の姿があった。


「よくやったの。コカトリス」


 妖魔王・二鳥が配下の妖魔を褒め称える。

 狙撃したのはそのコカトリスという妖魔だった。奴の能力で、誰にも気づかれず達田を仕留めたようだが……


「二鳥様ぁ。誰か来ます」

「なんじゃと?」


 二鳥が視線をそらした瞬間!


 冬黒の拳が二鳥にクリーンヒット! 二鳥は窓ガラスを割り、ビルの五階から落下する!


「二鳥、貴様は自分が殺す」



 ――つづく。



「冬黒くんのエピソードかあ。悪くなかったわね~青くんも復活したし、共同戦線なるかしら?」


「次回 冬黒VS二鳥。一対一!?」

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