第44話  ごめん

 青春はすかさず天井のシャンデリアを、ナイフを投擲して破壊する。

 シャンデリアだけでなく全ての電灯も。


 この部屋は窓がない。ゆえに電灯以外で明かりが灯る事はないのだ。

 ――つまり電灯を破壊すれば部屋は暗くなる。

 暗い、闇……


 夜でなくとも、人工的に闇を作り出せれば、青春は能力を幾分か発揮することができる。

 ※13話参照。


「それくらいは予想済みよ。ここで戦う事になった以上はね。でも100%とはいかないでしょ?」

「……さてね」


 わざわざ敵に手の内をさらす必要はない。何%出せるかなんて、勝手に予想してろと青春は言いたげだった。


 実際のところ、擬似的な暗闇で引き出せる力は五割がいいところ。それでも一割と比べれば雲泥の差だ。

 だが、それでもカオルコを倒すのには足りないと青春は判断していた。

 

「どうしたの? 来ないならこっちから行くわよ?」


 カオルコの使役する蛇が、目にも止まらぬスピードで襲いかかってくる。

 青春はナイフを射出するも、頑強は肌に弾かれ、微動だにしない。

 下手な攻撃は効かないと判断し、回避に徹することに。

 蛇の噛みつき攻撃と、尾による連携攻撃。青春は防戦一方。


 カオルコの方を見ると、彼女は、優雅に座ったままだ。スキだらけと言える。

 青春は回避行動をとりつつ、ナイフをカオルコに飛ばす。

 ――しかし、また弾かれる。蛇に。

 カオルコの背後からまた別の蛇が現れた。二匹いたのだ。

 

 これにより攻撃用、防御用の蛇を使役してるとわかる。

 少なくともこちらの攻撃を通すには、防御用の蛇を倒すしかなさそうだと青春は判断する。

 だが蛇の鱗は頑丈そのもの。得意のナイフの射出攻撃では、傷一つつけられない。

 

 ナイフの一本一本に毒は塗られている。しかし毒の影響を受けてるようには見えない。

 蛇に毒は効かないようだ。


 (生き物じゃないからとか、魔力を具現化した蛇だからとか、いろいろ考えられるけど……)


 すると蛇は紫色の液体を発射してきた!

 おそらく毒だ。


(やっぱ毒持ちだから、毒が効かなかったのかもね!)


 青春はナイフを盾にしてガード。ナイフはどろどろになって溶けていく。強力な酸も混じった毒のようだ。

 カオルコは高笑いする。


「安心しなさいな。綺麗な顔にはかけないから」

「どうも。でも、僕の魔力を突き破れるほどのものでなければ、いらぬ心配だけどね」

「直接噛まれても?」


 カオルコの発言とほぼ同時に、地中から第三の蛇が飛び出してきた! 完全に不意をつかれた青春は、その長い体に捕まり、全身を締め付けられた。


「――!?」

「二匹だけだと思った? そら、足に噛みついて直接毒を流しこんであげなさい」


 もう一匹が青春の足に噛みつく! そして、毒を傷口から流しこみ始めた。

 すると青春はナイフを射出し、自らの足に刺した。


「は? 自分で自分の足を刺したの!? 自決……じゃないわよね?」

「当たり前でしょ」


 噛まれて毒を流しこまれてるはずの青春だが、表情は変わらないし、とても毒におかされてるようには見えない。

 不信に思うカオルコは、青春が自分で刺したナイフをよく観察する。……なにかが流れてるように見えた。


「まさか解毒剤!?」

「ご名答。僕のナイフは毒だけでなく、薬も流すことができるんだ。さらに……」


 突然、青春に噛みついてる蛇が爆発し、バラバラに弾けとんだ!


「何ですって!?」


 想定外のことが連続で起きる。さすがにうろたえるカオルコ。


「外からは固い皮膚に守られてても、内部はそうじゃないみたいだね」


 青春は宙に浮かせたナイフを、闇光死斬デビルサーバーを放つ時のようなビームサーベルに変換。――そして、


 ――ズバババババ!!


 自らを縛る蛇を切り刻んで、脱出して見せた。


「さすがに、全力の斬撃なら固い皮膚も切り刻めるね」

「……今のはともかく、内部爆発はどういう事かしら?」

「教えてあげない」


 軽く舌出して挑発する青春。

 黄緑がここにいたらかわいさで失神するか、暴走しそうなほど可愛げのある表情だった。


 内部爆発の原理は、噛みついた蛇が毒を流したように、青春は魔力を蛇の内部に流し込んだのだ。

 皮膚を噛んだ牙を伝って……


「末恐ろしい子ね。意地でも手中におさめたくなったわ」


 カオルコの背後からまたも蛇が出現する。どうやら蛇は何匹も生成できるようだ。

 サーベル状のナイフでなければ蛇は切り裂けない。サーベルには青春自身が握ったナイフにしかできない。つまりお得意の連射ナイフでは蛇を仕留められないわけだ。


「しょうがない、すこし無茶しようかな。……ヒルダ」


 静かに、冷たく呼び放ち、自らの契約妖魔、妖猫ヒルダを自らの影から出現させる。

 ヒルダはにこやかに話しかけてくる。


「呼びました? 愛しの青春」

「うん。夜じゃないのにごめんね」

「いえそんな。……その傷は?」


 ヒルダは青春の体に痛々しい傷跡があることに気づく。

 拷問なり、戦闘で負った傷だ。


「アバズレ~!! 貴様かぁ!!」


 ヒルダはカオルコに敵意を剥き出しにする。ただの叫びなのに、その場から吹き飛ばされそうなほどの圧を感じた。


「なに? 何なのこの魔力……聞いてた話と違うじゃないの……」


 ヒルダの魔力を肌で感じ、うろたえるカオルコ。


「ヒルダはね、怒る事で魔力を高める事ができるんだ。――つまり、昼間に出せる僕の魔力の限界を越える事ができる」

「――な!?」


 完全に想定外と思うカオルコ。

 

 青春は昼間に出せる力は一割。

 裏技によって闇を作り出しても最高でも五割、それも時間制限ありと聞いていたからだ。茶谷から。


「これは裏技中の裏技。それなりにリスクはあるんだけどね。――というか、僕が昼間に全く無力なら、当の昔に殺られてるよ。対策くらいすでにいくらでも用意してるんだよ」


 青春のほうが一枚上手だった。

 自らの持つ最大の弱点、それを放置などしているわけがなかったのだ。

 今回のように、クラスメイトなどを人質にとられでもしない限りは捕らえられる事もない。

 普通に昼間襲うだけなら、四天王など返り討ちだったろう。


 青春の視線が少し動く。先ほどのカオルコの過去の映像がまだ移り続けているのだ。

 

 すると青春は言う。


「降参する? 大人しく逮捕でもされるというのなら、命までは奪うつもりないよ」


 忠告だった。もう勝ち目はないだろうと説得するようにも見える。

 人を殺めたくない彼の叫びなのかもしれない。

 だが、教団やカオルコの所業は許されない事ばかり。逃亡するというのなら、殺してでも止めるべきなのだ。これ以上犠牲者を出さないためにも……

 警察の特別組織から殺人許可は出ているのだし。


 でも投降するなら、その必要は……

 

「お断りするわ」


 ……やはり断ってきた。青春は読めていた。


「わたくしはね、もう惨めな思いはしたくないの。教祖として好きに生きる。それができないなら死んだほうがマシ」

「……やり直せるかもしれないよ?」

「愚問よ」


 カオルコは全身に何匹もの蛇を絡ませて特攻していく。

 勝ち目などないとわかっていながら……


「終わりにしてあげるわ!」


 全ての蛇の口から、レーザー砲のような魔力の一撃が放たれる。

 青春は意に返さず、サーベルでレーザーを切り裂く。

 ――そして、カオルコの眼前に……


「ごめん」

「――!?」


 突然の青春の謝罪。その理由は……


「あなたと同じ学年に生まれなくてごめん。あなたがいじめられてる時助けられなくてごめん。親戚からの虐待から守ってあげられなくてごめん」

「……」


 唖然としつつも、青春の言葉に魅入られた様子のカオルコ。


「あなたは気づいてなかったかもしれないけど、いじめや復讐の映像以外にも、あなたの日常も映ってた」


 青春は戦いながらも、それらの映像を見逃してはいなかった。

 ボロボロになりながらも、捨て猫に優しくするカオルコ。花や植物を愛でるカオルコなど……彼女のほんの些細な、わずかにあった、清らかな記憶……


「動物に笑顔を向けてたあなたには、嘘のない優しさが感じられた。あなたは本当は優しい女性だったはず。悲惨な過去から救うことさえできれば……その優しさを失わせる事もなかった。だから、ごめんなさい」


 カオルコは意味がわからなかった。確かに何故助けてくれなかったのかとは言った。だが、当人も支離滅裂な発言だとわかっていた。

 なのに青春は重く受け止め謝罪してきた。

 その言葉に嘘はない。


 そんな優しい少年の想いに触れ、カオルコは思った。


(彼が……同じ時、同じ場所にいてくれたなら……きっと……)


 鬼畜なはずのカオルコの目から一粒の涙がこぼれた……


「でも、あなたのやった所業は許されない……だから……」


 青春の目にも涙がこぼれていた。カオルコへの同情か、人を殺したくないという感情かそれとも……

 カオルコはゆっくり頷く。


「あなたが殺すのは悪党。気に病む事はないでしょう? そんなんじゃこの先やっていけませんわよ?」

「……」

「でも、青春くん。あなたがわたくしと同じ時を過ごしてくれていたのなら……なにか変わったかもしれないわね」


 カオルコの蛇が青春を襲う。青春の腕はとっさの判断で降りおろされる。正当防衛かのように……


 降りおろされた手に握られたサーベルは、カオルコの体を切り裂いた……

 両断された体から血が舞い、カオルコの表情には笑みが見えた。

 そして、彼女の目は光を失った……

 

 

 ♢



 この瞬間、カオルコは夢を見た。忘れたい過去のいじめや虐待現場に、青春が駆けつけ自分を助けてくれる夢を……

 カオルコと青春は同級生。そして助けてくれた彼に好意をもち、告白する。

 経験してみたかった青春せいしゅんの日々の夢……


 夢の中の青春はそっとカオルコの手を取って……笑ってくれていた。



 ――つづく。



「……嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬嫉妬。夢でも許せないよ。第一鬼畜な悪党のくせにいい人風に死ぬな! 被害者に詫びろ! あと次回はワタシと青くん再会だよね! 青くんに何しようかな!」


「次回 どこだ! 妖魔王! あ、そういや黒幕いないね。本部にいないとなると……?」

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