第43話  青春対教祖

「桃泉さん、怪我はない?」


 まず、縛られた様子の和花の身を案じる青春。

 和花は頷く。彼女の姿を観察すると、特に怪我した様子もなく、何かされたわけではなさそうだ。

 一緒にさらわれた和花の身が心配だったため、安堵する。


 この場には青春、和花、カオルコの三人のみ。

 カオルコを囲んでいた美男子達はいなくなっていた。青春が来るとわかり、部屋に戻したようだ。

 コレクションの美男子に傷なり巻き込んだりしたくなかったカオルコの判断だ。


「まず、よくここまでこれたわね。褒めてあげるわ。昼間で力もでないだろうに」

「僕を舐めすぎたね。こんな連中でどうにかできるとでも?」


 宙に浮いた複数のナイフに刺された状態の上墨が青春の前に現れる。張り付けにでもされてるかのような姿で、宙に浮いている。

 ナイフが動けば上墨も動く。そんな要領でここまで連れてきたようだ。


 上墨に意識はある。ボロボロだが。


「きょ、教祖……助け、」

「誰だったかしら?」


 カオルコがそう告げた瞬間、背後から蛇のようなものが現れて、上墨に向かっていく!


「ま、待って! 助け……」


 蛇は上墨を一飲み!

 そして――


「い、ギャアアアアアア!!」


 激しい断末魔が鳴り響く。

 その後は蛇の口内の咀嚼音だけが聞こえるのみだった。


「な、仲間なんじゃ……」

「仲間? ワタクシにそんなものはいないのよ」


 恐ろしい女と思う青春。冷や汗をたらす彼に舌舐めずりするカオルコ。


「かわいいわね……どう? ワタクシの配下になる気はない? 可愛がってあげるわよ? なんならそこの小娘の身の安全を保証してもいいわ」

「……誰が。それに信用できないよ。学園襲うような連中」

「じゃあ、なんで小娘は助けたの?」

「……は?」


 厳密にいえばまだ助けた内には入らないだろと思う青春。

 だが、カオルコが言ってるのはそういう事ではない。


「小娘の事はいじめから救ったんでしょ? なのにワタクシは助けてくれないの? 酷くない? そんなの許させる?」

「何を……」


 ――突然辺りが真っ暗になる。

 カオルコの蛇の目が、黄色く光る。その瞬間、周囲に多くの映像が写りだしていく。


 映像はカオルコの過去。幼い頃彼女が受けてきた仕打ち。激しい暴力、罵倒。それによる苦しみ、痛み、憎悪……それら全てが青春と和花を襲う。


 他人が受けた事。だか、見るに耐えない、見ていたくない……そんな映像が二人を襲う。


「や、止めて……止めてあげて……」

「ぐっ……」


 いじめを受けてきた二人ゆえ、苦しみはわかる。そして二人以上に長く苦しんだカオルコの過去はおぞましいものだった……


 泥沼に落とされるとかは序の口。当時の彼女の体にはタバコの火傷跡、むち打ちの傷。なにをされ続けて来たか想像したくない。

 味方のいない彼女の地獄……それらをループするように見せられた和花は同情しかけていた。

 

(かわいそう……こんな目にあった彼女は幸せにならなきゃダメなんじゃ……)


 ――それが狙いなのか? そう青春は思わなくもない。同情させ、味方に引き入れようという作戦なのかもしれない。

 実際、これが本当にあった出来事かは不明だ。証拠もないわけだし。


「こんな事が毎日あってね、死を考えたとき……妖魔王一兎様が助けてくれたの。力と一緒に」


 そう言うと、映像は切り替わる。今度はカオルコの復讐劇へと。

 彼女を傷つけたもの達の悲鳴と心にもない謝罪。惨たらしい拷問と死に際……これもまた、中学生の二人にとっては目を背けたくなるものばかりだった。

 受けた仕打ちを何倍にも返すその仕打ち……狂喜そのものだった。

 そのときのカオルコは笑い尽くしていた。


「どう? ワタクシは一兎様のおかげで助かったの。あなたに助けられたわけじゃない。だからあなたの言い分聞く気にはならないの」


 なにを言ってるこの女は? と、思う青春。別に青春は特に何も言ってはいないというのに。


「大方復讐がどうのとか、だからってやりすぎとか言う気だったんでしょ? でもそんなのワタクシには届かない。なぜならあなたは助けてくれなかったから」


 青春は当時生まれてたかどうかも怪しい。そんな青春に助けてくれなかったなんて、おかしな話だ。

 和花は同級生だったから、事情に気づけた。カオルコとは状況が違いすぎる。

 

 だがカオルコにとってはそんなことどうでも良いのだろう。どんな理由であれ、助けてくれなかった青春ではなく、一兎の言うようにする。それだけ。


「一兎様は言ったわ。復讐の後は、力を使い好き放題楽しめと。それだけの権利がワタクシにはあるってね!」


 瞳孔が開き、狂喜を見せながら笑うカオルコ。


「そしてワタクシは妖魔を従え洗脳術によって教団を作りあげたわ! 資金は信徒共から絞り尽くし、あらゆる犯罪行為を信徒共にやらせたわ! ワタクシの至福を肥やすために!」


 今度はカオルコの教団による数多くの犯罪映像が映りだす。

 洗脳した信徒の家庭崩壊、信徒による強盗、殺人……

 そして使い捨てとして消されていく信徒……


 教団による犯罪件数は桁外れ。検挙し、逮捕した信徒はとかげのしっぽ切り。それによりカオルコにたどり着く事は今まで警察もできなかった。

 信徒は世界にも多いのも理由だった。本部が日本にある保証もなかった。


「そしてワタクシの息のかかった者が都知事選に勝ち、まず東京を根城に、いずれは……この国全てを手中に……」


 あまりに壮大すぎる。

 手駒が都知事になったからと言っても、それで東京支配など不可能なはず。


 いや、お得意の洗脳術でなにかするつもりなのだろうが……


 どちらにせよ、カオルコをほっておいたら青春達の住む町も大きな被害を受けるのは目に見えてる。それだけでも、教団の暴挙を止める理由になる。


 青春はナイフを向ける。

 カオルコは怪訝な顔をする。


「なに? こんな悲惨な人生送ってきたワタクシを殺す気? それでも人間なの?」

「……それ、あなたが言う? 僕も結構酷い目に合わされたんだよ?」


 カオルコは青春の傷だらけの姿を見る。


「あらかわいそう。……でもワタクシはそれくらいの怪我序の口だったわ」

「だから関係ない人に、そんな仕打ちしていいって? 間違ってるよカオルコさん」

「間違ってる?」

「自分が受けたから、相手も受けろってのは少し傲慢なんじゃないかな? 苦しみなんて、分け与えるものじゃない。人に分け与えるのは優しさだけでいい」


 カオルコは吹き出す。あまりにバカらしいと思ったのだろう。


「まあ、戯れ言と笑うよね。でも苦しみは苦しみを生む。またその苦しみが返ってくるかもしれない。だけど優しさが返ってくると思えばさ……とても素敵な事じゃないかな 」

「優しさ……下らないわね」


 はっとするカオルコ。

 時計を見る。午後三時を差している。六時になれば青春はフルパワーになってしまう……


「時間稼ぎ? だったのかしらね? でも残念。まだまだ時間はいっぱいよ」


 カオルコは立ち上がる。蛇はそんな彼女に絡み付く。


「その綺麗な顔だけ残して殺してあげるわね……抵抗しなければ、あなたは優しく殺してあげるから」

「ごめんだね」


 戦いが始まる……

 

 和花は心配だった。

 ああは言ってるが、青春は本気で怒り、カオルコと戦えるのだろうかと。

 自分のように同情しかけてるのではないかと。

 なぜなら青春は敵であるカオルコにさんづけ、あなた呼びと、やけに優しさを感じる。

 あんな悪行を見せられた後でも、いじめの時の映像が尾を引いてるのではないか、そう思っているのだ。

 

 カオルコはそれが狙いなわけではないはず。狙いなら最後の悪行を見せる必要はないからだ。

 

 かわいそうなカオルコ、悪魔のような非道なカオルコ。どちらも見たが故に、青春の精神もおぼつかないのかもしれない。


 ただでさえ一割の力……こんな状態で果たしてカオルコに勝てるのだろうか……?



 ――つづく。



「あらあら~出番まだ見たいね~ワタシが出たら教祖ぼこぼこにしてあげるのに~」


「次回 ごめん。え? 誰に対して~? 」

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