お花畑転生娘と初めての治癒魔法
ふと我に返ると、ミラはまた元の教会の中に戻っていた。
相変わらず男爵夫人はのたうち回って苦しんでいる。しかし、ミラはもう恐れない。
「大丈夫です、男爵夫人。きっと治りますから」
苦しむ夫人の寝台の傍らに座り、優しく声をかけながら、じっとりと汗をかいた額を濡らした布でぬぐう。
その一方で、心の中では虹色女神に語り掛けた。
――教えて、女神様。どうやってこの人を助けてあげれば良いのか。
――わかったわ。治癒魔法の使い方を教えるから、あたしたち以外の人の時間を止めるわね。
ミラの頭の中に声が響くと同時に、周囲の景色から色が消える。どうやら時空を一時的に切り離したらしい。人々が凍り付いたように動きを止めている。
その一方で、女神の姿は見えないが、存在だけは近くに感じる。
――まずはマナを身体に取り込んでみて
「マナ? そんなのゲームに出てたっけ?」
――この世界に満ちている魔力の源のことよ。魔術師はマナを身体に取り込んで、そこから魔力を取り出して魔法を使うの。ゲームではストーリーに関係ないから説明を省いたわ。
聞いた事のない単語にミラが首を捻ると、女神が丁寧に説明してくれた。
どうやらゲームはストーリー重視で、世界の説明は最小限に留めていたようだ。
「そんなの、どうやって取り込めばいいのよ?」
――落ち着いて、深呼吸してみて。今のあなたなら、空気の中に力の流れみたいなものが感じられるはず。それを息と一緒に吸い込むの。
女神の言葉通り、何度か深呼吸を繰り返すと、ミラの心が静かに凪いできた。すると、たっぷりと吸い込んだ空気から、何かが体内にじわりとしみ込んでくるような感覚が。
それが血液と共にめぐるようなイメージが脳裏に浮かぶと、不思議な事になにか得体のしれない熱のようなものがミラの中から湧いてきた気がする。
――すごいわ、まだ説明してないのに、もうマナから魔力を引き出すことが出来てる。やっぱりあたしの見込んだ通り、ミラには才能があるのね!
熱のこもった女神の言葉にミラの心は奮い立った。
「良かった、魔力を取り出せたのね! それで、これからどうすればいいの?」
――魔法はね、この魔力を使って術者のイメージ通りに現実を塗り替えるものなの。目の前の現実をどのように変化させてどんな結果にしたいかをイメージする。そうすれば、使える魔力が足りる限り、現実を変化させることができるのよ。
「えっと……よくわかんないんだけど」
――つまり、そこで苦しんでる男爵夫人の元気な姿をイメージして、現実を塗り替えればいいの。
そう言われても、ミラは困惑するしかない。
「元気な姿って言っても、初めて会ったのよ。どんな感じか見当もつかないわ。今の状態からどう変化させればいいのかも」
――大丈夫、ゲームの間はあたしもサポートするから、大雑把なイメージで何とかなるわ。魔法はね、術者のイメージが正確であればあるほど威力も増すし、消費する魔力も少ないの。
「そう言われても……」
――仕方ないわね、今回は『男爵夫人の健康な肉体』のイメージを『
女神の声と共に、ミラの頭の中に男爵夫人の元気な姿のイメージが浮かんだ。
表情やしぐさといった外見的な特徴だけではなく、骨格や筋肉、臓器の状態など、こまごまとした大量のデータが脳内に流れ込んできて、頭の中が真っ白になりかける。
「な、なんなのこれ……っ!? 頭が痛い……っ」
――意識をしっかり保って! 目の前の男爵夫人のあるべき姿はこれよ。こっちが本当の姿だと強くイメージしながら魔力を解き放って! あなたの身体をめぐる魔力を外に放出するの。
ミラは女神に告げられるまま、現実の男爵夫人が脳内の『あるべき姿』に変化するようにイメージした。そのまま身体の中をぐるぐるめぐり始めた『熱』を外に出そうとする。
すると、ミラの中からすさまじい勢いで何かがごっそりと飛び出して、ぐにゃりと空間が歪んだかと思うと、世界に急速に色が戻ってきた。
「あ……あれ? 全く痛くなくなったわ……」
戸惑ったような声に慌てて視線を寝台の上に戻すと、さっきまであれほどのたうち回って苦しんでいた男爵夫人が身を起こしたところだった。
「あなた、何かいたしまして?」
「え……あたしですか?」
ミラはつい反射的に答えてしまってから、「これはプロローグに出てきた男爵夫人の台詞だ」と気付いた。
その時、ヒロインはどう答えていたっけ……?
「ああ、そうだわ。あなたがずっと『きっと治ります』って言い続けてたでしょう? そうして汗を拭ってくれているうちに、急に治ったのよ。もしや、あなたが何かしたのではなくて?」
「いえ、あたしは何も……ただ、祈っていただけなんです。そしたら女神様の声が聞こえて……」
ミラは必死に記憶をたどりながら、プロローグのムービーでヒロインが口にした台詞をなぞった。
「女神様ですって?」
「はい。治癒魔法の使い方を教えるから、奥様の病を癒しなさいと」
「まあ、なんということでしょう! あなたは治癒魔法が使えるのね!?」
感極まったような男爵夫人の言葉。これも「ゲームのプロローグ」と一字一句たがわない。
「そういうことになるのでしょうか? あたし夢中だったから……まだ夢の中にいるみたいです」
ミラは「シナリオ通り」の言葉を口にしながら、急速に意識が遠のいていくのを感じた。
(そういえば、「ゲームのプロローグ」ではヒロインは初めての魔法で力を使い果たして気絶しちゃったんだっけ……)
そんなとりとめもない思考がふと頭に浮かんでは、泡のように消えていく。
そしてすっかり暗くなった視界がぐらりと揺れると、ミラの意識は暗闇の中に沈んで行った。
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