お花畑転生娘と「ヒロイン」の使命
「えっと……『前世』の記憶が戻ったのは、たしかあたしが十になったばかりの頃だと思う……」
視線を宙にさまよわせ、必死に記憶をたどりながら語るミラ。
彼女の心は既に独房にはなく、かつて片田舎の孤児院でかろうじて生命をつないでいた少女の頃に戻っているようだ。
「孤児院のみんなで近所の畑の落ち穂拾いに行って、荷車をひっくり返しちゃったの。そこで悪役令嬢の一人に会って……」
ミラのたどたどしい言葉を聞きながら、マリーは頭の中で過去の出来事を再現していく。
それは、この世界ではどこにでもある、しかし紛れもない悲劇の連続だった。
※ ※ ※
この世界に生まれてから、ミラは人が死ぬところなんて飽きるほど見てきた。
冬の朝なんて「孤児仲間がベッドの中で冷たくなっていた」なんて事は日常茶飯事だ。死ぬのが嫌だから、院長たちの目を盗んで女の子たちは二~三人で一つのベッドに毛布を持ち寄って、朝まで身を寄せ合って眠っていたくらい。
馬車にひかれたり、風車小屋の機械に巻き込まれたりして、もがき苦しみながら死んでいく人も珍しくなかった。
それが、この世界の「当たり前」だったから。
しかし、「前世」の記憶が戻ってからしばらくは、そうした光景を目にするたびに苦み、心をすり減らした。
無理もない。
ミラがかつて生きていた「現代日本」では、病死以外の理由で人が死ぬたびに大きなニュースになっていた。事故にせよ、事件にせよ、人がいきなり死んでしまうなんて滅多にないこと。
まして
それなのに、この世界では毎日のようにバタバタと、あっけなく人が死んでいく。
それが、この世界の「当たり前」なのだから。
――ああ、またあたしは何もできなかった。何もできずに死なせてしまった。
――あたしにもっと力があれば、この人たちを救ってあげられたのに。
何度そうやって自分を責めただろうか。
『目の前の一人を救うことは、世界を救うことだ』
「前世」で目にした、とある救助隊のスローガンが頭をよぎる。
彼らは戦場だろうが被災地だろうが、我が身の危険を顧みずに倒壊した街の残骸に飛び込んで行っては、命がけで人々を救助していた。
ある壊滅的な地震の被害を受けた街で、小さな赤ちゃんが救い出された瞬間のニュース映像を今でも覚えている。
瓦礫の山と化した建物の跡地から元気に泣きじゃくる赤ちゃんを支えた力強い腕が現れ、続いて鮮やかなオレンジのジャケットを身に着けた男性が大きなコンクリートの破片を押しのけながら地上に這い上ってきた。
一瞬の静寂の後に大歓声があたりを包み、人々が一様に歓喜の涙を流している姿に、画面越しに見ているだけのミラでさえ、胸が熱くなったものだ。
記憶が戻ったばかりの頃は「あんな風に自分もこの世界の人たちを助けてあげるんだ」と張り切っていたのに……
――目の前の一人すら救えないあたしでは、世界を救うことができないんじゃないかしら?
いつしか、自分の「ヒロイン」としての役割にすら、疑問を抱くようになってしまった。
だって、この世界の「ありふれた現実」はあまりに残酷で、とてもミラ一人の力で何かを変えられるようには思えなかったのだもの。
しかし、ミラが自らの無力に歯がみするたびに虹色の小さな光が現れて、こうささやくのだ。
《あれはモブですらない、この世界にとってはただの背景みたいなものよ。生きていようが死んでしまおうが、ゲームのシナリオには関係ないわ》
始めのうちはミラも疑問を抱いた。
――そんなの関係ない。この子だって人間よ。こんなにあっけなく死んじゃったら、何のために生まれてきたのかわかんないじゃない!!
しかし、涙をこらえて食ってかかるミラに対して光は優しくこう諭すのだ。
《あの人は、あなたにこの世界がどんなに不平等で残酷か教えるために死んだの。それがあの人の生まれてきた意味よ》
――そんな……あたしはちゃんとわかってるよ! だからもう、誰も死なせないで!!
《いいえ、わかってないわ。だって、あなたは今、自分の使命に疑問を持ったでしょう?》
――そ……それは……そうだけど……
《あなたが使命を果たせなければ、あなたの前で死んだ人たちの人生は、みんな無駄になってしまうの。それが、本当にわかってる?》
――わかってる……つもりだけど……
《いいわね。あなたにその死をもって現実を教えてくれた人たちの生命を無駄にしないためにも、絶対に自分の使命を忘れないで》
――わかった……わかったわ。絶対に! 何があっても! あたしが……このあたしが、この世界をかえてみせる……っ!
そんなやりとりが繰り返されるうち、ミラは目の前で人が死んでも大きく心が動かなくなってきた。
あの光景は、この世界にとってはただの背景。
どんなに惨めに見えても、あくまでこの世界が「平民にとって厳しい世界だ」と見せつけるためのただの演出にすぎない。
そう思うようになったことで、ミラも彼らの死に平静でいられるようになった。
しかし、それは本当に『使命に目覚めた』のだろうか?
※ ※ ※
「おかしいな?って思えるのは、きっと何もかも終わっちゃった後だからなんだろうね」
ひとしきり想い出を語ったミラがもらした自嘲じみたつぶやきに、マリーはただ黙ってうなずいてやることしかできなかった。
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