お花畑転生娘と素朴な疑問

 かすかに漂う良い香りにミラが目を開けると、ちょうど毛布を持ったマリーローズと目が合った。


「ごめんなさい、起こしてしまいましたか?」


 寝入ってしまったミラに毛布をかけようとしていたようだ。


「お食事をお持ちしたんですが、ぐっすり眠っている様子だったので」


「そっか……あたしうたた寝しちゃってたんだ……」


 ゆっくりと身を起こすと、ほこほこと湯気を立てている椀が一つ、テーブルの上に鎮座している。


「疲れがたまっているんですよ。治療したとは言え、怪我もひどかったですし。眠れるときはきちんと眠って、回復につとめるのもあなたの仕事ですよ」


「ふふ、そう言ってくれるとちょっと気が楽になるよ。ごはん、ありがとね」


「いえいえ、これも私の仕事ですから。今夜は塩トマトとヨーグルトの粥ですよ。怪我で消耗して体温が下がっているようですから、身体の温まるものにしました」


 ヨーグルトの酸味がきいた燕麦の粥の中に、水で戻したトマトの塩漬けが刻んで入っている。

 生のトマトのようなみずみずしさはない代わりに、噛みしめるとほのかな甘みと旨味が口の中でじわっと広がって味わい深い。


「美味しい……」


「お代わりもありますから、遠慮なく言ってくださいね」


「それじゃ、もう一杯ちょうだい」


 遠慮なくもう一杯。今夜の食事も裏ごしした野菜がふんだんに使われていて滋養たっぷりだ。

 ミラが二杯目を平らげると、ぽかぽかと身体も温まって連日の審問拷問で弱った身体にも力が戻ってきたようだ。

 何より、弱った身体にも食べやすく、栄養の取れるものをと工夫してくれた、その思いやりがミラに微かな笑みを浮かべさせる。


「すごく美味しかったよ。ごちそうさま」


「よかった、お口に合いましたか? 昨日よりはだいぶ顔色もよくなったので安心しましたよ」


「アンタが色々としてくれてるからだよ。本当にありがとう」


 ミラがしみじみとお礼を言うと、マリーローズは驚いたように軽く目をみはった。


「あなたにこんな事でお礼を言われるとは……驚きました」


「なによ、失礼ね。あたしだってお礼くらい言うわよ」


 心底驚いたようなマリーローズに、ミラはさすがにむっとする。


「そうなんですね。どうも、あなたからは人間扱いされていないように感じていたので……」


「やだな~、そんなわけ……あ……」


 反射的に否定しかけたミラだが、何かに気付いたように急に表情が凍り付いた。


「どうしました?」


「……言われてみれば、『ゲームの通りにしなきゃ』って思ってる間は、ずっと攻略対象者とかのシナリオに出てくるキャラNPC以外はみんな背景みたいなもんって思ってたとこがあるかも」


「背景……ですか?」


「うん。シナリオやストーリーに関係ない奴は背景」


「不思議ですね。あなたが言っていたような『限られた特権階級が利権を独占する社会を壊して、誰でも輝ける新しい社会をつくる』のであれば、むしろ『ゲーム』に出てこない『普通の人』こそが大切になるはずなんですが。『攻略対象者』はみな貴族……それも有力な貴族の子弟ばかりでしたよね?」


――ゲームのシナリオにもストーリーにも関係のない存在は、全て背景のようなもの


 これは、『ゲーム』の再現に夢中になっていた頃のミラにとっては「当たり前」だったはずの事実。

 しかし、全てが終わった今になって考えるとおかしなところだらけ。何故そのような思い込みをしていたのか、ミラ自身にもわからない。


「言われてみれば変だよね。あたしもゲームが始まる前、さんざん飢えとか寒さで死んでく孤児院の仲間を見ては『もうこんな目に遭う子が出ない世界を作らなきゃ』って思ってたのに」


「その亡くなった子たちは『ゲーム』のキャラクターだったんですか?」


「ううん、全然出てこない」


 穏やかに問いかけるマリーローズに、ミラはふるふるとかぶりをふって否定する。


「その子たちのことは『背景』って思っていたわけではないんですよね?」


「うん。あたし、せっかく世界を救うヒロインになったのに、誰も助けてあげれなくってさ。何でこんなに無力なんだっていっぱい泣いたよ」


「……そうだったんですね」


 彼女たちの死を思い出したのか、ミラの眉がきゅっと寄せられて瞳がじんわりと潤みはじめる。その無意識の変化にマリーローズは「この言葉に嘘はない」と確信した。


「うん。あたしにもっと力があれば助けてあげれたのにって。だから、早くゲームが始まって力が目覚めないかなってずっと思ってた」


「そんなにも人々を救いたがっていたあなたが、なぜ『ゲームのキャラでなければただの背景』と思い込んでしまったのでしょう? どこか不自然に思えるのですが」


「なんでだろう…? たしか、『ゲーム』が始まった時には、そう思ってた気がするんだけど……」


 マリーローズの疑問に、ミラも不思議そうに首をひねる。

 名もない孤児の死に心を痛め、我が身の無力を嘆いていた優しい少女が、なぜそのような傲慢な思い込みを抱くに至ったのだろうか。


「あなたの言う『ゲーム』とは、いったいいつから始まったのですか?」


「えっとね……あたしが学園に入る一年前。はじめて『治癒魔法』が使えるようになった日からだと思う。あれが『プロローグ』だったはずだから」


 虚空に視線をさまよわせ、懸命に思い出そうとするミラ。

 マリーローズは気づかわしげに見守りながら、穏やかに問いかける。


「その時のことを詳しくうかがっても良いですか?」


「うん。あたしも知りたい。あたしがなんで間違っちゃったのか。ゆっくり話すから、一緒に考えてくれる?」


「ええ、もちろんですよ」


 力強く頷くマリーローズに励まされ、ミラは必死に記憶の糸をたぐるのだった。


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