お花畑転生娘と女神の呼び声
たった一人、凍った裏庭でリナを埋葬する穴を掘っていたミラ。
自責の念に涙が止まらない彼女の耳に、どこからともなく鈴を振るような声が届いた。
《泣かないで》
「……え?」
ミラの目の前に小さな虹色の輝きが浮かんでいて、声はそこから出ているようだ。
とても優しくて甘い、美しい声。何重にも反響するその声に、ミラははっきりと聞き覚えがある。
《泣かないで、これは仕方のないことなの》
「まさか、女神様?」
間違いない。これは転生する時に出会った愛らしい女神の声だ。
ゲーム開始はもっと先なのに、なぜ今ここで語りかけてきたんだろう?
《自分を責めないで。あなたのせいじゃないわ》
「でも……っ」
《仕方なかったのよ。とっても寒かったんだもの。ろくにものを食べてない、体力のない子供が死んでしまうのは当たり前よ》
自責の念に歯がみするミラに、女神の声は優しく語りかける。言葉に合わせて明滅する虹色の光は、ミラの周囲をいたわるように飛び回った。
「でも、あたしがしっかり抱いてれば……ううん。魔法が使えてれば、助けられたかも」
《この子一人だけ助けても意味はないわ。この国だけでいったいどれだけの孤児がいると思うの?》
「それは……」
《この子だって、もし今日を生き延びられたとしても、ずっとこんな日の繰り返しよ。無事に大人になるまで、あなたがずっと面倒を見られるの?》
納得できずにいるミラに、女神は厳しい現実をつきつけた。
たしかに、この国の孤児は多い。
度重なる戦乱に加え、毎年のように襲ってくる流行り病。ただでさえ人手が足りないのに、天候不順で収穫もままならない。
だから、寒い季節には体力のないものから飢えと寒さでバタバタと死んでいく。そうして親に先立たれた子供たちの行く末が、明るいものであるはずがない。
「でも……っ」
《考えてみて? あなた達が抱き合っていなければこごえてしまうほどの寒い夜に、貴族のお屋敷では暖炉の前で、同じ年頃の子供が氷菓子を食べているのよ?》
「……っ⁉」
《こんなに寒いのに、暖房の効きすぎた部屋で、わざわざ冷たいお菓子を楽しんでるの。たっぷりと灯りをともして、汚すのも気にせず絵本を読みながら》
それでも納得の行かないミラの目の前で、光が目まぐるしく色を変えながらささやき続ける。
それは、貧しい孤児にとっては想像することも難しいようなきらびやかな世界だ。
冬の夜、平民は日が暮れるとすぐに真っ暗な寒い部屋のベッドに入る。なぜなら灯りをともす油はぜいたく品だから。
薪だってタダではない。いつまでも暖炉に火をくべて部屋をあたためるなんてもってのほかだ。
絵本だって、貴重品。この孤児院にもお貴族様がお情けで寄付してくれたものが数冊あるっきり。汚したり破いたりするのがおそろしくて、手にとる事なんか到底できやしない。
それなのに、明るく暖かな部屋で、冷たいお菓子を食べながら、本をベタベタさわるなんて。
《そして、その間に大人たちはドレスや宝石で着飾って、夜通し美味しいご馳走を食べながらパーティーを楽しんでるの》
「……」
とても同じ世界とは思えない、華やかでぜいたくな暮らし。同じ人間のはずなのに、どうしてこんなにも違うんだろうか。
ミラの疑問を感じ取ったのだろう。虹色の光はミラの耳元で優しく語りかける。
《自分たちは寒さに凍えるなんてこと、絶対にないから。だから、平気でぜいたくができるの。いいえ……自分たちのしてることがぜいたくだなんて、自覚すらないかも知れないわね》
そう。それは本人の努力だけでは決して超えることのできない厳然たる格差。
本人には何の責任もないにもかかわらず、生まれながらにして目の前にそびえ立つあまりに高すぎる壁だ。
「そんな……あたしたちはこんなに苦しんでるのに……」
《この世界は不平等よ。威張り散らした王侯貴族が、いいものはみんな独り占めしてるから》
「ずるい。ずるいよ、そんなの!」
心の底から湧きあがる熱い怒り。
こんな理不尽が許されるなんて……絶対に許せない。
《そうよね。あいつらが何もかも取ってっちゃうから、貧しいひとたちはただゴミのように死んでいくしかないのに》
「そんな……そんなの、間違ってる……っ!」
今この瞬間にも、貴族たちはぜいたくな暮らしを楽しんでいる。
自分たちはこんなにも惨めにはいつくばって生きているのに。
何一ついいことなんかないまま、ゴミのように死んでいく人がいるのに。
《そうよ。それをあなたに知ってもらうために、その子は死んでしまった。そういう運命だったのよ》
「運命……?」
《その子はモブですらない存在。生きてても死んでても、世界全体に影響はないわ》
「そんな……」
女神の身もふたもない言葉にミラも思わず絶句する。
《それでもたった一つ、この子の人生には意味があった。それは、あなたに思い知らせること。この世界の人たちが、どんなに惨めな生活をさせられてるか。それが、誰のせいなのかを》
「それは……貴族たちのせい? 貴族たちのせいで、みんなこんなに苦しんでるの?」
《そうよ。飢えることも凍えることもないくせに、満足を知らずに何でも欲しがるズルい奴らのせいなのよ》
「……それじゃ、奴らをやっつければ、こんなことはなくなるの?」
《そうね、なくなるかもしれないわね》
「それをあたしに教えるために、リナは死んじゃったの?」
まだ、五歳だったのに。
ミラの前世で生きていた現代日本であれば、何の憂いもなく幼稚園で毎日楽しく友達と遊んですごしている年頃なのに。
朝から晩までろくにものも食べずに働きづめで、何一つ楽しいことなどないまま死んでしまった。
《その通りよ。あなたにヒロインとしての使命を教えること、それがこの子の生まれてきた意味。そのためだけに生きていた命。まさか、無駄にはしないわよね?》
たったの五年。決して幸せとは言えない人生。
それが、ミラに使命を伝えるためのもの……そのためだけに存在するものだったのであれば……
この無念は決して忘れない。小さな命のあっけなさすぎる最期を、絶対に無駄になんかするもんか。
「もちろんよ! あたしがもう誰もこんな死に方をしなくていい世界を作ってみせる! あたしが腐った貴族どもを、みんなまとめてやっつけてやる!」
《その意気よ。期待してるわ》
「任せて! あたしが完璧なヒロインをやって、みんながハッピーになれる世界を作ってみせる!」
《それでこそ、あたしの選んだヒロインよ。頼もしいわ》
「ありがとう。あたし、頑張る!」
固い決意を見せるミラに、虹色の光が少しだけ強くなる。
どこか嬉しそうな光の様子に、ミラはぐんぐんと気力がみなぎってくるように感じた。
《頑張って。世界が弱ってるせいで思うように力が出せないから、こうやって話しかけることはめったにできないけど、あたしはいつだってあなたたちを見守ってるわ》
「わかった! 女神様も無理はしないでね」
虹色の光はミラの返事に応えるように二回またたくと、そのまま虚空にすぅっと消えていった。
「よし、頑張るぞ!」
光を見送ってからしばし。のぼせたように輝きの消えたあたりを見ていたミラは、両手で自分の頬を軽く叩いて気合を入れた。
(この先どんなことがあったって、「女神様に選ばれたヒロイン」として、この世界を絶対に救ってみせるんだ!)
固い決意と共に歩き出したミラの頬には、少女とは思えぬほどの力強い笑みが浮かんでいた。
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