お花畑転生娘とゲーム開始
お花畑転生娘と凍れる朝
この世界で少しでも悲惨さや理不尽をなくしたい。そのために自分の権限の使える範囲で、できるだけ残酷な行いをなくしていきたい。
力強く語るマリーローズの言葉は、静かで穏やかでありながら尋常ではない熱の籠った力強いものであった。そこには「たとえわずかずつであっても、自分の持てる全てをかけて自らが為すべきと思うことを成し遂げる」という並々ならぬ決意がうかがえる。
それに比べて、自分は「この世界を救ってあげる」と高揚していた時に、あれほどまでの強い意志と信念を抱くことができていただろうか?
ただ漠然とゲーム内と同じように振舞って、ゲームと同じエンディングを迎えられればそれで自分の使命は終わり、救世主としての幸福な未来が待っていると思い込んでいた。果たしてそれは本当に「この世界を救う」ことに繋がっていたのだろうか?
独房に戻ったミラはぼんやりとベッドに座り込んで壁にもたれかかった。
石造りの壁は触れるとひんやりと冷たい。六月の今はこの感触が心地よいが、真冬は冷え切った石が熱を奪いとるためにどれだけ火を焚いてもなかなか部屋が温まらず、しんしんと冷え込むことだろう。
ミラの育った孤児院も、古ぼけた石造りの教会の片隅にあった。真冬の凍てつくような寒さでも、夜は暖炉に火をくべることはできない。寝具はうすっぺらい毛布が一人一枚。仕方がないから、一つのベッドに二人か三人が一緒に入って、毛布を重ねて暖めあう。
一人きりの部屋の中、ミラは幼い日々を思い浮かべた。
前世の記憶が戻ったばかりのある夜のこと。
その日も小さな女の子が二人、ミラのベッドにもぐりこんできた。三歳のクロエと五歳のリナ。
いつものように、右手にクロエ、左手にリナをしっかり抱いて、三人で身を寄せ合って眠りにつく。
深夜、ふと目が覚めると誰かが布団の中でもぞもぞと動いていたような気がした。
寝相が悪くてずり落ちたクロエかリナが寝返りをうったのだろう。日中の労働で疲れ切っていたミラは大して気にせず、しっかりと抱きなおしてそのまま夢の世界へと戻ってしまった。
翌朝、浅い眠りに前日の疲れが残ったまま鳴り響く鐘の音で意識が浮上する。そして重いまぶたを無理やりこじ開けたミラは衝撃を受けた。
左手にしっかり抱いていたはずのリナの代わりに、四歳のコゼットがすやすやと寝息を立てている。
「コゼット、あんたどこから入ったの? リナは……?」
「ん~? 知らなぁい」
揺り起こしたコゼットはすっかり寝ぼけていて、まともに答えられない。慌てて起き上がったミラの視界にそれが飛び込んできた。ベッドの下で、軽く開いたうつろな目で虚空を見つめる、真っ白な顔のリナの姿が。
顔が不自然にのっぺりとしていて、なんだか作り物みたいだ。
「……ひぃっ」
喉が情けない音を立てる。その音で目覚めたクロエがリナを見てしまった。
「あれぇ? リナ、なんでそんなところでねてるの?」
そのまますとん、とベッドを降りてリナに触れるクロエ。
「あれぇ? リナ、つめたい」
不思議そうに首をひねるクロエをあわててリナから引きはがす。
「ねえ。リナどうしておきないの?」
やはり首をかしげているコゼットに院長たちを呼んでくるよういいつけて、部屋から追い出した。
「あたしが……あたしがしっかり抱いていれば……」
もはやぴくりとも動かない小さな身体を抱きしめ、湧きあがる後悔と自責の念をかみしめる。
「もう一本あたしに腕があれば……」
――あたしが今すぐ治癒魔法を使うことができれば。この子は死なずに済んだのかもしれない。
脳裏に浮かんだ疑念を振り払うように頭を振ると、ちょうど院長が入ってきたところだった。
「仕方ない。片付けておけ。このくらいのことでいちいち騒ぎ立てるな」
まるで壊れた道具を捨てるように。
無感情にリナだったものに目をやった院長は、吐き捨てるように指示を出して、そのまま部屋を立ち去った。
「くそっ……なんでこんなゴミみたいに……」
冷たくこわばったリナを抱き上げ、教会の裏庭に回る。
大きなシャベルで穴を掘ろうとしても、凍った土は簡単には掘れない。
「ごめん……ごめんね……」
この世のヒロインがなんだ。自分を慕ってくれている小さな女の子一人、守ってあげられないなんて。
良心の呵責に胸が締め付けられるように苦しい。頬が濡れているような気がするのはきっと鼻水だ。無力な自分が涙を流すなんて、そんなのきっと許されない。
それでも無意識のうちにこぼれる謝罪の言葉は止まらない。
ミラの耳に不思議な声が届いたのはその時だった。
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