【閑話】お花畑転生娘と小さな光

「ああ、どうしよう! 攻略が全っ然進まない!」


 深夜の学園寮の一室では、ベッドの上でピンクの髪を振り乱し、ミラが頭を抱えていた。

 彼女の周りを七色に輝く小さな光の玉がふよふよと飛び回っている。まるで、何かの意思があるように。


『大丈夫? 手伝えることはある?』


 かわいらしい子供のような声が響いた。

 声と共に、光の玉がチカチカと色が変わったり明滅したりしている。

 どうやらこの光が声を発しているらしい。


「悪役令嬢が、何もしてこないのよ……これじゃ、ストーリーが進まないじゃない!」


『現実の悪役令嬢は、生身の人間だからね。ゲームのデータ通りに動いてくれないこともあるよ』


 苛立つミラと、なだめるような光の球。いさめる声にどこか呆れたような色が混じっているのは気のせいだろうか?


「それじゃ困るのよ! 悪役令嬢に虐げられてるあたしを守ることで、王太子殿下があの女の言動に疑問を抱くようになるの。そうして魔族と手を組んでみんなからエネルギーを奪おうとするあいつらの陰謀に気付いて断罪してくれるのよ」


『それじゃ、悪役令嬢が虐げて来なければ、ミラは何もできないの?』


「ええ、残念だけど……」


『でも、断罪はミラを虐げたことじゃなくて、魔族と手を組んでることが理由なんでしょ? その証拠を握って訴えることはできないの?』


「王太子殿下と出会うきっかけがないのよ、悪役令嬢が仕掛けてこない限りは」


『だったら、既成事実を作っちゃえ』


 いたずらっぽい声に、かすかに混じった粘着質な悪意。

 水に一滴だけ混じったインクのようなそれに、ミラは全く気付かない。


「どういうこと?」


『だから、悪役令嬢に虐げられてるってことにしちゃうんだよ。それで証拠を作るんだ』


「だって、まだなにもされてない……」


『そうやって、何もしないまま、手遅れになるのを待ってるつもり? そんなことで本気で世界を救うつもりなんてあるの?』


「あ、当たり前でしょ! あたしはみんながキラキラ輝ける世界にするために……」


『それじゃ、覚悟決めなよ』


「……」


『何も、証拠を捏造しろって言ってるわけじゃないんだ』


「それじゃ、どうしろって言うのよ?」


『君みたいな平民がこの学園に通うのをよく思わない生徒はいくらでもいるだろう?』


「……ええ、カビが生えたふっるい価値観に縛られた頭ガッチガチの馬鹿どもがね」


『そいつらをちょっと挑発して動いてもらうんだ。うまく悪役令嬢を巻き込むように』


「……わかった、やってみる」


『それでこそ、この世のヒロインだよ! その調子でがんばって!』


「うん、あたし頑張るよ!」


 ミラは軽くこぶしを握って気合を入れると、勢いよくベッドに横たわって、やがてすやすやと気持ちよさそうな息を立て始めた。

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