お花畑転生娘と大監獄

 自分がなぜゲームの再現をしなければならなかったのか、その使命を誇らしげに語っていたミラ。

 しかし、マリーローズにゲームと現実の違いを指摘されて絶句してしまった。たしかに現実のセレスティーヌたちの挙動はゲーム内のシナリオとはかけ離れていたが、だからこそ『ゲームの世界』を忠実に再現するために、自分はありとあらゆる手段を用いて奮闘していたのだ。

 それなのに、もしこの『ゲームの中の世界』と自分が体験した『ゲームのシナリオ』が必ずしも同じである必要がないとすれば、自分がしてきたことはいったい何だったのだろう。


「そんな……だってそれはシナリオ通りに動かない悪役令嬢のせいで……」


「もともとそのゲームユリコーのキャラクターと現実の人間の間に大きな食い違いがある時点で、ゲームユリコーのストーリーを忠実に再現することは最初から不可能なんですよ」


 マリーローズの指摘に青ざめるミラ。

 言われてみれば当たり前のことだが、なぜこんなに単純なことに気が付かなかったのだろうか。


「セレスの処刑にしてもそう。あれはゲームの中のイベントを忠実に再現したものではないのでしょう? 八つ裂き刑はあまりの残酷さに制度が存在していても古今東西実行されたことは数えるほどしかありません。十五歳の時から王都処刑人ムッシュ・ド・ロテルとして月に三度は処刑に携わっている私でさえ、平常心を保つ事が困難なほど残虐な刑ですよ。そんな光景を不特定多数の人が楽しむゲームの中に登場させられるとは思えません」


「う……」


 思い当たる節があるのだろう。

 それまでゲームの世界のできごとイベントを忠実に再現することがこの世界の救済であり、正義だったのだと取り憑かれたかのように繰り返していたミラはただうめくだけになっている。


「ほぼ週に二回は何らかの刑の執行に立ち会い、死刑のたびに囚人の遺体の解剖も行っている私でさえ三年経った今でも夢に見るような光景ですよ? そんなもの娯楽作品として発売できるわけないでしょう」


 マリーローズの怒りは根深かったようで、珍しく感情を露わにして恨み言を言い募る。決して声を荒げる事はないが、いつもよりやや早口に理路整然と語る口調が、こらえきれない怒りを感じさせた。

 その静かに煮えたぎるマグマのような怒りの念に気おされたのか、ミラはその言葉の不自然さに気が付かない。それどころか、しばらくはまともに声が出てこない様子で、はくはくとぎこちなく口を動かすしかできないようだ。

 何とか気を落ち着けるために深呼吸をしようとして、痛めつけられた身体がずくりとうずく。息が詰まりそうになるのをこらえてしばらく浅い呼吸を繰り返し、かろうじて気息を整えた。


「そんな……あたし、そんなつもりじゃ……」


 ようやくしぼり出した声は弱々しくかすれている。


「そもそも、あのゲームのヒロインはあなたそっくりに作られていたのでしょう? それが本当なら、貴女がゲームをやりこんでいたからヒロインに選ばれたのではなく、貴女をヒロインにするためにゲームが作られたように思えますが」


「い、言われてみれば……」


 マリーローズに指摘され、ようやく自分の言葉の矛盾に気づいたらしい。


「女神は本当にあなたに事実を告げていたのでしょうか? 貴女を利用するために適当に持ち上げて、都合よく行動するようにうまく誘導していただけなのでは? 貴女が国を引っ搔き回してもろともに破滅するようにと」


「そんな……まさか、あたし女神さまにだまされてたの……?」


 ミラが力なく呟いたちょうどその時、馬車がひときわ大きくガクンと揺れて動きを止めた。

 目的地……すなわちフォリーギャリク大監獄に到着したのである。


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