お花畑転生娘と大監獄

フォリーギャリグ大監獄

 ようやく到着したフォリーギャリク大監獄は、一見すると荒野にぽつんと建っている堅牢な要塞のようだ。がっちりした外壁には何人もの歩哨が立っており、周囲をぐるりと深い堀に囲まれている。外壁を出入りするには一つしかない跳ね橋を通らねばならず、脱獄は極めて困難である。


「着きましたよ。さあ降りましょう」


 マリーローズは先ほどとは打って変わって穏やかな様子でミラに促した。

 淑女をエスコートする騎士よろしく馬車を降りるミラに手を差し出すが、今更ながらにその腰に下げられた斬首刀エクスキューショナーズソードが気になって立ちすくんでしまう。そんな彼女にマリーローズは困ったように微笑んだ。


「大丈夫ですよ。私は法や判決には絶対に従うのは貴女もご存じでしょう? 我々エクテレシィ家の者は『たとえ我が身を斬られても法を曲げない』からこそ、代々処刑人として合法的な殺人を任されてきたんです」


 確かにその通りだ。もし彼女が私情や私怨を振りかざすような人間なら、親友の処刑を阻止するなり、執行に手心を加えるなりしただろう。


――激しく鞭うたれ、泡を吹き、目を血走らせながら渾身の力で罪人の四肢に結ばれた荒縄を引っ張る馬たち

――全身を激しくけいれんさせ、裂けんばかりに開かれた口からほとばしるこの世のものとも思えぬ獣の断末魔のような絶叫

――ちぎれ飛ぶ手足と飛び散る血飛沫


 あの処刑の日の光景が鮮やかにまなかいに浮かぶ。愚直なまでに職務に忠実なマリーローズだからこそ、あの無惨な処刑が可能だった。処刑対象が己の無二の親友だったにもかかわらず。

 そのマリーローズが私怨でミラを不当に痛めつけるようなことはあるまい。法で定められた通りの拷問を行うことはあるかもしれないが。


 それに、このままここですくんでいても、どうせ先ほど看守たちにされたように無理やり引きずり出されるだけだ。ミラもようやく覚悟を決めて、マリーローズの手を借り馬車から一歩を踏み出した。


 これから処刑までわずか十日余り。それまでこの要塞のような監獄で過ごすことになるのだ。せめて最後の瞬間まで王妃として、またこの世界であるヒロインとして、少しでも堂々と美しく在りたい。ミラは縮こまりそうな背筋をけんめいに伸ばし、ともすれば震えそうになる足を叱咤激励して堂々と見えるように一歩踏み出す。思わず大きく息を吸おうとして、さんざんに痛めつけられた身体がずくりと悲鳴をあげた。


 「こちらが貴女の部屋です」


 マリーローズが案内したのはこじんまりとはしているが清潔で居心地の良さそうな部屋である。扉は囚人の様子を確認するための鉄格子がはまったのぞき窓がついているが、廊下を歩いていても牢の中が丸見えになってしまうような事はない。

 調度品は古びていて質素ではあるが、小さなベッドに机と椅子が二つ、作り付けの戸棚が一つ、ついたての影に汲み取り式のトイレと最低限の生活に必要なものは揃っている。なんと最近王都で普及したばかりの水道まで引いてあるのだ。

 もっと陰惨でプライバシーもない牢に入れられ、処刑まで昼夜を問わず拷問されて虐げられるものとばかり思っていたミラは、拍子抜けした顔で相手を見返した。


「ほんとにここ使っていいの?」


「はい。キッチンはないので食事は私がお持ちしますが、水は水道のものでよければ自由に飲んでください。ただし食器は基本的に食事のつど下げますので、室内に置いておけるのは木のカップ一つだけです。面会人がいる時はお茶が欲しければ私に言って下さればお淹れしますよ」


 あまりの待遇の良さにミラはしばし呆然とする。

 今朝まで入っていた取り調べ用の牢は壁の代わりに鉄格子がはまっており、用を足すための衝立などもないので何もかも丸見えだったのだ。そして朝から晩まで尋問という名の拷問を受け、身も心もボロボロになっていた。


「ちょっと……それ、本気で言ってるの?」


「何がです?」


「だから……お水は好きに飲んでいいとか、面会人がいる時はお茶を出してくれるとか……なんか待遇良すぎない? お茶か水道に毒でも入れてるの?」


「そんなわけないでしょう。私は何があってもあなたを心身ともに健康な状態で処刑しなければならないのですから」


「何よそれ。わけわかんないんだけど。どうせすぐ殺すくせに、何もったいつけてんの?」


「さあ、どうでしょう? 処刑まであと十日近くあります。こちらで静かに過ごして自らの行いと向き合ってください」


 マリーローズはかみつくミラを軽く受け流し、静かに微笑むと扉を閉め立ち去った。

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