お花畑天性娘と魔族討伐
ミラの無茶苦茶な言い分にめまいを覚えたマリーローズは思わず唇をかみしめた。しかし、じわりとにじんだ血の鉄くさい味がはっと我に返らせる。
慣れ親しんだ生臭い香りに冷静さを取り戻したマリーローズは、燃えるような怒りを無理やり押し殺した低い声で話の続きを促した。
「貴女がセレスたちを陥れたのは、新しい世界を作るためだったというのですか?」
「そ。薄汚い貴族や魔族どもをみんなやっつけてやったの。ゲームと同じでみんなを救ってあげるためにね!!」
みんなから富やエネルギーを吸い上げていい思いをしていた奴らをまとめてやっつけてやった。そう無邪気に言い切るミラは誇らしげで、全く罪の意識が感じられない。
「魔族どもって……」
「知ってるでしょ。聖樹の森にコソコソ隠れてみんなから生命エネルギーを盗んでいた薄汚いコソ泥たちのことよ」
あっけらかんと言い放たれた偏見と差別意識にまみれた言葉に呆然とする。
「魔族」とは、東の国境付近にある聖樹と呼ばれる樹々が生い茂る森で数年前に発見された、少数民族ダエーワの蔑称だ。
聖樹の森には魔獣と呼ばれる危険な巨大生物が多数住み着いていて長年人間が近寄らなかったのだが、近年になって聖樹の実に消費した魔力を回復させる効果があることがわかり、開発しようという計画が持ち上がってたのだ。そこで調査団が派遣され、聖樹の森の中に緑の髪と肌を持つ人々が住んでいることがわかったのである。
「ダエーワ族は他の民族と体質が少し違っているだけで、普通の人間ですよ。生物からエネルギーを吸うといっても、健康に大きな被害をもたらすほどではありません。生きているだけで作物や家畜が育たなくなるなんてことは決してありません。ゲームの中ではどうだったか存じませんが、現実は違います。あんな虐殺が許されるわけがない」
たしなめるマリーローズの声には、もはや怒りよりは呆れの色が濃い。
「呆れた。虐殺なんて、ヤツらを人間みたいに言ったりして。いい?アイツらはね、生きてるだけで周囲の生物からエネルギーを奪う魔物なの。そんな奴らがいたら作物も家畜も少しずつ力を奪われて最後にはみんなダメになっちゃう。いつかはあたしたちだって命を吸われてみんな死んじゃうのよ。根絶やしにしなければこの世は終わりなのよ」
物わかりの悪い子供に言い聞かせるような口調でくどくどとまくしたてるミラ。マリーローズから見ればとんでもない無知から生じる偏見と差別意識でしかないのだが、ミラ自身は純粋な善意で言っているつもりなのが始末に悪い。
「見た目が自分と違っていたり、変わった体質を持つからと言ってまるで魔物のように扱うことはおかしいでしょう」
さすがに悪意と偏見に塗れた言葉は聞くに堪えなかったのか、マリーローズが訂正した。
聖樹の森にひっそりと暮らしていたダエーワ族。彼らには生まれつき特殊な体質があった。
まず、見た目が他の人々と違う。植物のように鮮やかな緑色の髪や肌。
そしてなぜか周囲の生物から少しずつエネルギーを吸収するのだ。
しかもものすごく大食らい。ほっそりとした幼女でさえ、普通の王国人の大人三人前はぺろりと平らげる。
更には何日も日光を浴びないと衰弱する。
そして最大の謎は、体内に魔力結晶を宿していること。長生きした者ほど死後に残る魔力結晶は大きい。それを使えば体内に魔力があまりない人間でも強い魔法を使うことができるし、魔法陣と組み合わせて常駐型の魔術を展開することもできるのだ。
そういった数々の特異な体質とは裏腹に、知性や価値観、倫理観や感情といった人格的な面では、彼らは森の外に住む人々となんら変わりがなかった。
そう、少し変わった体質ではあるが、彼らはまぎれもない人間だったのだ。
しかし、至極まっとうな指摘はミラの逆鱗に触れたようだ。
「あのねぇ。何ノンキなこと言ってんの。ちゃんと現実を見なさいよ。あたしは女神さまに頼まれたって言ったでしょ。この世界を救って、って。だから血を吐くような思いで頑張ったのよ。ちゃんとゲームと同じに世界が救われるようにって」
やや早口で自分の正当性をまくし立てる。
「さっきも言ったよね? この世界の住人が無気力で、自力で歴史を動かすだけのエネルギーがないって。だからこのままでは社会が崩壊してもっと原始的な時代に逆戻りしちゃうんだって。何度も同じこと言わせないでよ!!」
ヒステリックにわめく言葉は同じことの反復でしかない。判で押したように女神が、ゲームが、エネルギーがとうわごとのように繰り返している。
「エネルギーが足りないってことはエネルギーを奪ってる奴らがいるってことなんだよ。ゲームでも魔族の奴らが生物のエネルギーを吸い取って衰弱させてしまうから退治しなきゃなの。奴らがのさばることで世界が滅びちゃうのよ。だから、あたしはみんなと力を合わせてアイツらを討伐して、山に封印したの。世界を救うために、どうしても仕方なかったのよ」
虚空をうっとりと見つめて何かに取りつかれたかのように熱っぽく語り続けるミラ。一方的に自らの正義をくりかえすだけの彼女には、自らの罪深さが理解できないのだろうか?
それとも心のどこかでわかっているからこそ、こうして必死に正当化せずにはいられないのだろうか?
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