お花畑転生娘の正義

 不当に民衆を搾取して、うまい汁をすすっていた腐った貴族を成敗して、みんなの願いをかなえたのだと主張するミラ。

 みんなが夢と希望でキラキラ輝ける新しい世界を作ってやったと誇らしげに胸を張るミラの表情には一点の曇りもない。本気で自らの正義を信じて疑っていないらしい。

 彼女の頭の中では、自分は人々を不当な支配から解放した正義のヒロインに他ならないのだろう。


「あたしたちは毎日朝から晩まで働いてフラフラで、くっそマズい飯を一日二回、ほんのちょっとしか食べれなくて。ずっとずっとお腹すいたまんまだったのに。その間にあいつらは毎日毎日パーティー開いて楽しんでやがったんだ。うまいものをたらふく食べて、ドレスに宝石でキラキラ着飾って、歌にダンスに素敵なお芝居。いつもいつも、おもしろおかしく遊んで暮らして。このあたしはそんな腐った老害ジジババどもをやっつけて、カビくさい階級社会とやらをぶっつぶしてやったのよ!!」


 特権階級への怒りと憎悪で目がくらんでいるミラには、貴族が毎日パーティーを開いている訳でもなければ、社交の席で遊んでいるだけでもないことは理解できないだろう。目先の快、不快でしか物事を判断できない彼女にとって、彼らが背負う義務や責任はとても想像の及ばないものに違いない。


 それに、彼女の言う格差は確かに存在するのだ。

 どれほど貴族には貴族なりの苦労や責務があると言ったところで、彼らが長時間の肉体労働を強いられることはまずあり得ない。飢えや寒さで生命の危険に陥ることもない。また、富裕な紳士階級でもないごく普通の平民に、美を磨くだけの時間や経済的な余裕がないという事実も変わらない。


老害ジジババって……貴女が冤罪に陥れた令嬢たちはみんな同い年でしたが」


「年齢も冤罪も関係ない!! あいつら大貴族はこの国の利権をがっちり独占してみんなを搾取してきた極悪人なのよ!! 生まれてきたこと自体が大罪なの!! だからみんなの無念を晴らすためにみじめったらしく処刑させてやったのよ!! 今までさんざんいい思いしてきたその罰として!!」


 誇らしげだったミラがまた大きく顔をゆがめて怒りをあらわにする。

 どうやら貴族に対する逆恨みとしか思えないような憎悪がミラを突き動かしていたらしい。


「あんたたちにはわかんないでしょ!? 毎日毎日つぎはぎだらけのおんなじ服しか着れなくて、お風呂だって月に一度も入れなくって、荒れちゃった手にひび割れができて痛いのに、お手入れするクリームなんてありゃしない。冬だって暖房もないすきま風だらけのさっむい部屋でガタガタ震えながら家族みんなで一つの布団にもぐり込んで寝るしかなくて、食べれるのは石ころみたいに固くてすっぱくてまっずいパンと干した野菜のスープばっか!! スイーツどころかサラダですらまともに食べれないんだよ!!」


「たしかに生野菜や甘いものはぜいたく品ですが……」


 ミラの蜂蜜色の瞳がギラギラと異様な光をたたえてマリーローズをにらみつけた。護送馬車の薄暗がりの中でも金色に妖しく光るさまは、まるで凶暴な野獣の眼光のようだ。


 鮮やかな緋色の正装に身を包み、きっちりと姿勢を正したマリーローズの端正な姿は、身分こそ平民であるが、あきらかに裕福な特権階級のものだ。

 華美な装飾こそないが、服の素材も仕立ても一級品で、肌も髪も健康的につやつやと輝き美しい。


 ミラは怒りを抑えきれない様子で、ぎりりと歯を食いしばる。その拍子に白っぽくかさついた唇が切れて血がにじんだが、あまりにささいなことにミラもマリーローズも気付かなかったようだ。


「あんた、そんな惨めったらしい暮らし、したことある? いつだってお腹をすかせたまんま、朝から晩まで働きづめなんて、想像もつかないでしょ!? 髪もゴワゴワ、お肌ガサガサでお手入れする余裕なんてどこにもない。これじゃちっともキラキラなんかできやしない!!」


 ミラは孤児院で暮らしていたころを思い出したのか、悔しそうにぎゅっと手を握りしめた。

 中途半端に伸びた爪が食い込んだ痛みで荒れてくすんだ肌をいやがうえにも実感し、惨めさが倍増する。自慢のストロベリーブロンドだって、投獄以来お手入れどころか全く入浴できなかったせいで脂ぎってゴワゴワと固まり、色あせて艶も失って、うっすらと赤みを帯びた汚らしい灰色になってしまっている。

 なぜ女神に選ばれた自分がこのような惨めでみっともない姿をさらさなければならないのだろうか。


「格式がなんだ、身分がなんだ!! 同じ人間なのに、自分たちだけキラキラいい思いしやがって、絶対に絶対にゆるさない!!」


 涙ぐみ、拳を握りしめたまま語られる特権階級への怨嗟えんさの声。怒りのせいか、強く握られ白くなった拳は小刻みに震えている。


 そんなミラは人民を搾取してきた特権階級を破滅させることで、民衆の無念を自分が代わって晴らしてやったのだと言いたいらしい。

 それこそが自分の正義であり、女神に託された使命に他ならないのだと。

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