お花畑転生娘と階級差別
ミラは彼女の言う「攻略対象者」の婚約者たちを次々と罪をでっちあげて処刑させた。
中でも王太子の婚約者だった元マルドゥーク公爵令嬢セレスティーヌは悲惨だった。
王太子の恋人、すなわち未来の王太子妃であるミラの殺害を企てたとの濡れ衣をきせられ、八つ裂き刑に処せられたのだ。
八つ裂き刑とは、処刑台に縛られた罪人の手足をそれぞれ馬に繋ぎ、引っ張らせて手足をもぐという、死刑の中でも最も残酷なものの一つである。
古今東西実際に執行されたことはほとんどなく、この国でも建国以来セレスティーヌの他は一度しか行われていない。
「セレスは貴女の暗殺を試みるどころか、貴女が主張していたようなイジメにも一切関わっていませんでした。なぜ陥れたんですか?」
訊ねるマリーローズの声は無理やり感情を抑え込んだかのように平坦だ。
かつての親友を、人が考え得る中で最も残酷な方法で処刑しなければならなかったのは、当時すでに
湧きあがる苦い思いにジャケットの胸元あたりを握りしめると、びろうどの滑らかな手触りが怒りと無力感にとらわれかけた心を奮い立たせた。血のように鮮やかな緋色のジャケットは、法の番人でありしもべである処刑人の矜持と鉄の意志の象徴である。
「悪役令嬢は処刑されるもんでしょ。だから相応しい罪を作ってあげたの。何が悪いのよ?」
対するミラは全く悪びれない。
「断罪パーティーがなかったら話が盛り上がらないでしょ。貴族に生まれたってだけでふんぞり返ったクソ偉そうな公爵令嬢がみんなの前で断罪されて蔑まれて、惨めったらしく公開処刑。新しい時代の象徴になる、いい見世物じゃない」
「見世物って……」
「みんなが苦労してるっていうのに、何の努力もせずに何もかも手に入れてチヤホヤされて、いい思いしてきた当然の罰よ。ざまぁみろ」
当時のことを思い出したのか、処刑を当然のこととうそぶくミラ。そこに罪の意識など全くなさそうだ。
楽し気に笑っているように見えて、眼だけはギラギラと光っている。怨念すら感じられる煮えたぎるような怒りと憎悪に、気丈なマリーローズでさえも寒気がするほどのおぞましさを感じた。
「……見世物にするためにセレスはあんな最期を……」
マリーローズは当時を思い起こし、無力感にさいなまれて歯を食いしばる。
彼女とて裁判の間は何としてでも親友の
いや、
それゆえに合法的に人の命を奪うことを許される、それが処刑人というものなのだから。
「なにを勘違いしてんの? あたしはね、大貴族に生まれたってだけで、さんっざんうまい汁吸ってみんなを
うめくように絞り出したマリーローズの言葉は、しかしミラの逆鱗に触れたようだ。つい先ほどまでの上機嫌がまるで噓のように目を血走らせ、怒りをあらわに一気にまくしたてる。
「正義……」
「その通り!! みんなの願いをかなえるために、あいつらを地獄に送ってやったの!! 勘違いしないでよね!!」
「みんなの願い?」
「そうよ。みんなから吸い上げるだけ吸い上げて自分たちだけいい思いしやがってる腐った貴族どもをやっつけて、みんなが夢と希望でキラキラ輝ける、新しい世界が欲しいっていう願いよ」
「確かに民衆から搾取するだけの腐敗した貴族もいましたが、貴女が陥れたマルドゥーク公爵家やマーグラーヴ辺境伯家はむしろ身を慎み、私財を投じて福祉に力を入れていました。決して不当にうまい汁を吸っていたわけではありません」
「……っさいわね!! あいつら、貴族に生まれたってだけで何の努力もせずにメイドや侍女にかしずかれて、何でも他人にやらせて、チヤホヤされて、お肌や髪だってつやつやピカピカにお手入れされて……」
ミラは悔しくてたまらないといった風情で艶を失いゴワゴワになった髪をくしゃりとつかんだ。その指も荒れてひび割れだらけでくすんだ色をしている。
「詩にダンスに絵画に音楽。令嬢ならできて当然のたしなみって言われたって、あたしらみたいに食べていくだけで精いっぱいの人間にそんなもの勉強する余裕なんてあるわけないでしょ。それなのに人のことを馬鹿にしやがって……」
生まれながらの貴族が何の努力もしていない訳でも、何でも他人にやらせている訳でもないのだが、生まれた時点で立場も許される行動も違っていることは否めない。教養や美貌を磨く努力ができるのは、ただそれだけでも特権階級であることは間違いないのだ。
この差は自助努力ではとうてい埋められるものではなく、建前だけでも平等をうたう現代日本で育ったミラが、立場や役割の違いというだけでは納得できないのも無理はないかもしれない。
一息に叫んだので、またどこかが痛んだのだろう。ぜぃぜぃと浅い呼吸を繰り返しながら目をギラギラと光らせた鬼気迫る姿に、マリーローズはこっそりと大きく息を吐いた。
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