第十節 第四十九話 計画
手加減はする。ということは殴らないと約束された訳では無いだろう。
クイの説明次第では恐ろしい折檻が待ち受けていることになる。
「おいケン。いつも言っているだろう。物事をなんでも暴力で解決しようとするな」
その場に身を固めたクイを見かねてアサが口を開く。
「……オレには守るべきものがある。こいつがそれを脅かすと言うのなら、止めることに手段を選ばない」
ケンの差した指先がクイの眉間を鋭く射貫いていた。
「あの……。ケンさんの守るべきものとはソラさんのことですか? ……先ほども娘が、とおっしゃっていましたが」
「……お前もウラヤの鳩だったな。ソラのことを知っていてもおかしくはないか。だが――」
ケンは立ち上げり、クイの背後にいる烏達を顎で指し示す。
「ソラをこいつらと引き合わせるようなこと考えてやがったら断固拒否する」
「は、はい。ソラさんに危険の及ばない様にすること。それは重々心得ておりますよ」
「ならそいつらを部屋から出させてくれ。お前は俺の暴力に怯えているのかもしれんが、オレもそいつらがいると話を聞くになれん」
「……分かりました」
クイは立ち上がり烏達へ振り返ると、その場で深く頭を下げた。
「ここまでお呼び立てして申し訳ありません。ケンさんと話をするためにはあなた方を同席させる訳にはいかないようです」
そしてそのまま身動きが取れなくなる。しかし僅かに、肩が震えていた。
「おいお前ら、クイさんの言う通り出て行ってくれ。話が終わったら結果は教えてやるから」
アサが手を叩き退室を促す。その隣ではケンが睨みを利かせていた。
やがて烏達はお互いの顔を見合わせ、ぞろぞろと部屋の外へと立ち去っていく。
その気配を感じ取るとクイはようやく顔を上げ、ケンに向かって体を捻る。
「ケンさんのおっしゃる通りです。私の計画ではソラさんと彼らを対面させることになりかねませんでした」
「ふん」
ケンは鼻を鳴らすと侮蔑の眼を向けた。
「なあクイさんよ。その計画とやらを一応聞かせてもらえねぇか」
「はい。究極的にはナガレを第二のトミサのような場所に位置づけられるのではないか、そのように考えておりました」
「第二の……、トミサ?」
穏やかな態度を心がけようとしていたアサだったが、聞き捨てならぬとばかりに眉間に大きな皺を作る。
「ええ。ナガレはトミサの様にイイバの中心となり、かつ鳩の縛めから解き放たれた自由な世界への
クイの言葉はいつの間にか滑らかになっていた。
「自由な世界はきっと誰もが望むはず。これまで不自由を強いられてきたあなた方なら分かるのではないでしょうか?」
覚悟を決めたようにアサへ真っ直ぐと眼を向ける。
「……ああそうだな。その問いに対しては首を縦に振るしかない」
腕を組み、暫く考えた後にアサは答えた。
「だが本来、俺らは自由を望んじゃいけないんだ。そのためのナガレだ。よってあんたの計画に乗るわけには行かない」
アサの返事は呆気の無い物だった。
しかしこれはクイの想定の範囲内でもあった。烏達を率いて来たのも、アサの答えを予想してのものだった。
理性的なアサとは異なり、眼の前に自由を掲げれば烏達は食いついて来たのだ。後ろ盾の彼らがいなければ、もはやアサへの対抗の余地はない。
「しかし!」
それでもクイは食い下がろうとする。
「おい」
しかし間髪入れず、ケンが低い声で唸る。
クイの体がびくっと跳ね上がる。
「お前の言う自由な世界。それとソラをあいつらと対面させることになるという発言。つまりはナガレから烏を解き放とうってことか?」
「……それが目的ではありません。手段であり、結果であり……」
「同じことだ。あいつらをナガレから出すことは俺が許さん」
「はい……」
クイはしょんぼりと肩をすくめた。
「お前がどうやって自由な世界を作ろうと考えたのか正直に話せ。お前にはそれを可能にする手段があるんだろ? その手段をぶっ潰してやる」
「お、恐らく、話を聞けば潰そうと言う気は起こらなくなると思いますよ?」
「いいから話せ」
縋るような態度のクイだったが、ケンは飽くまでも無慈悲を貫いた。
「ケンがすまねぇなクイさん。だがこいつの言うことは尤もだ。おいケン!」
「何だ?」
「約束してやれ。クイさんが正直に話したら殴らないと」
「……いいだろう」
アサは厳しいが、慈愛に満ちている。このような場所で暮らしているにも関わらず、どうしてここまで強く生きることが出来るのだろう。そう思うと、アサには従うべきだとクイは深く感じ入る。
「まずお伝えしなくてはならないことがあります」
クイはごくりと喉を鳴らす。
「ミズさんは帰巣本能に目覚めていません」
「なんだと!?」
アサとケンが同時に声を張り上げた。
ミズについて可能ならば隠しておきたかったことである。しかし、この前提が無ければ説明は出来ない。
「6年前、ウラヤに住むヤマ先生の文を私達はケンさんに届けることが出来ました。しかしあれはミズさんの力によるものではないのです」
「……どういうことだ?」
呆気にとられながらも、アサは冷静に物事を理解しようとする。
「ユミさんですよ。彼女は歩いた道のりを詳細に覚え、再び辿ることが出来ます。たとえそれが森の中でも。先ほどどうやってラシノに辿り着くことが出来たのか議題に上がりましたが、ユミさんならそれも可能なのです。こうして今日、ナガレにやって来たのもユミさんの力によるものです」
淡々と語るクイをケンは不審げに睨み続けていた。
しかしクイの要求通り、クイは正直に事実を話しているだけなのだ。
「……信じがたいことだが、確かに筋は通っているな。クイさんがミズの件について怒っていないか問うたことにも説明がつく。ん? となるとあんたの子供は?」
「はい。お察しの通り、私の息子のハリですが帰巣本能は目覚めておりません。当然こちらにも連れてきていませんよ。親としては合理的な判断だといえるのではないでしょうか」
「確かにな」
アサは首を傾げる。
「だがどうしてユミくんはそんな力を持っているんだ? ……千鳥に何か授けられたとか?」
「私にも分かりません。ユミさん本人もその理由は答えようがないようです。ですが恐らくは先天的な才能ではないかと。私が彼女の孵卵を監督していた限り、森に運ばれた時点で既に力を有していたのだと判断しています」
ユミのもりすの本質は千鳥をも凌駕する記憶力だとクイは認識していた。文に書かれたものを覚え暗唱することなども可能であり、その力は森の外でも発揮される。記憶力を森の渡航にも応用できると言うだけの話なのだ。
「話を戻します。ミズさんに帰巣本能はありませんし、年齢的にももう目覚める余地はありません。従って現在のナガレの鳩が引退すれば、誰もナガレに辿り着くことは出来ません」
「……ユミくんを除いてか」
「ええ。ユミさんの才能を知る者はトミサでもごく少数です。そしてトミサの多くの者達は、ナガレのことをトミサから切り離しても良いと認識しているようです」
「非情にも感じるが、それが現実なんだろうな。ミズの文にもそんなことは書かれていなかったが、そらそうか……」
アサは悲し気に大きなため息をつく。
「そこで登場するのがユミさんなのです。ユミさんならナガレの希望になれるはずだと私は考えました」
「ああ、その事実を知ると確かにユミくんに縋りたくなる」
アサの表情から強い葛藤が見受けられる。
「これはユミさんからも拒絶されたことですが、初めはマイハの百舌鳥の方々をナガレに送ろうと計画していました」
「何だと?」
ケンの眉が吊り上がる。
「お気に障ったのなら申し訳ありません。ですが包み隠さず申し上げると決めたことですので」
「……すまん」
どこまでも不愛想な謝罪だったが、ケンも謝れるのだとクイは内心では感心していた。
「百舌鳥の方々がいればナガレにて子を成すことも可能でしょう。そうすれば新たにナガレの鳩を生み出す希望だって見出せる」
「倫理観を取っ払えば、めちゃくちゃありがてぇ提案だな。……やっぱりあんたは腹黒い人だ」
アサの声には、感心とも皮肉とも取れる余韻が含まれていた。
「誉め言葉として受け取っておきましょう。私の計画にはまだ先があります。ナガレへの帰巣本能を得た子供達をウラヤに連れて帰り、ウラヤの人間だと偽って、他の村の者と鴛鴦文によって契りを結ばせる。そしてその村へとナガレの鳩を移住させれば、帰巣本能によりナガレと相手方の村との、経路を確立することも可能になるはずです。ナガレと繋がる村が増えれば、最終的にナガレはトミサの様なイイバの中心となる。ナガレはトミサから切り離された存在ですので、秘密裏にことを進められるでしょう。……というのが私の計画でした」
捲し立てる様に言い放った。そして伏し目がちにアサとケンの表情を伺う。
「分からん」
ケンの反応も当然だろうと思っていた。クイ自身もあまりに複雑な計画だという自覚はあったのだ。
「つまりオレがその計画を潰すまでも無いと言うことだ」
「ええおっしゃる通りですね。荒唐無稽な話でした。多くの協力者が必要ですし、現実味も薄いと思います。ですが先ほど計画を潰す気が無くなるだろうと申し上げたのは、複雑だからという意味ではありません。計画の中心となるユミさんを潰す気にはならないだろうという意味です」
「……ああ、オレもガキを潰すつもりはない」
ケンはそう吐き捨てると、眼をつぶり腕を組んだ。
暫く考え込んでいる様子であったが、やがて意を決したように語り始める。
「オレはあのガキが実はソラなんじゃねぇかと思ってた。ラシノに帰れるって言うしよ。眼も生まれた時に見たソラのものと一緒だ。だが事情を知るヤマ先生がソラを孵卵に出すわけがねぇんだ」
「はい。ユミさんはユミさんです。ソラさんは今もウラヤで健やかに過ごしています。息子のハリもお世話になっていますよ」
状況だけ見れば、子を持つ3人の父親同士の会話である。
しかし本来あるべき穏やかな空気は、そこに流れることはなかった。
「さっきの話からすると、そもそもユミくんも協力する気はないんだろ? クイさん、あんたは一体何をしにここへ来たんだ?」
「はい。代替案をお伝えしようと思っていました。先ほどの百舌鳥の役割、もっと適任が居ると考えました。私の計画によって迷惑のかかる者が最小限に済むような」
「誰のことだ」
ケンの鋭い声に、クイの背筋に緊張が走る。しかし洗いざらい打ち明けると決めた以上、話すことは避けられない。
「アイさんです。ソラさんとキリさんの母親の」
「アイ……、だと?」
ケンの眼が大きく開かれた。声にも怒気を含んでいる。
「初めの方に申し上げましたよね。ユミさんのためだと。これ自体は嘘ではありません。ユミさんはキリさんと結ばれたい、その一心で今日まで鳩としての務めを果たして来ました。その結果、条件付きでキリさんの暮らすラシノに行く算段は整いました。しかし、大きな障壁が立ちはだかります。それがアイさんなのです」
ケンに怯まない様、その眼を真っ直ぐ見据えながら語り続ける。そして確かに、ケンの眼がユミの眼と似ていることに気づく。
「アイをナガレに連れ出せと言うことか?」
「はい。それがラシノへ平和をもたらす手段だと考えています。ケンさんが一緒なら、アイさんもナガレに行くことを厭わないのではないでしょうか?」
ケンとクイの間に張りつめた空気が流れる。
「おいケン。そのアイさんという方。お前の鴦なのか? 話しの流れから察するに」
重苦しい空気を裂くように、アサが口を開いた。
「違う!!」
ケンは強く声を張り上げた。そして顔全体に不快感を露わにして見せる。
「あいつはとんでもない奴だ。鴛鴦文で結ばれた男に手をかけることも厭わない……」
「ええ、アイさんの狂気は私も把握しているつもりです」
ケンのアイに対する認識はクイにとって都合の良い物であった。ここぞとばかりに畳みかける。
「ですが考えてもみてください。ソラさんを奪われ、ケンさんとも会えなくなったアイさんがどのような行動を起こすかを」
「……ああ、お前の言うとおりだ。残されたガキにアイが何をしでかすか大体想像はつく。カラもアイとガキがともに暮らすことを望んではいたが、見通しが甘かったな。それに6年前、ガキがラシノに帰るよう説得したのも、オレだ……」
「いえ、それに関してはケンさんの判断が正しかったと思います。私もそれに助けられました。何せユミさんが意固地なものですから……」
厳しい言葉を投げかけつつ、寄り添う言葉をかけてやる。クイが鳩として生きていく上で身に着けた処世術だ。
「オレにあの時の贖罪を果たせ、そう言いたいんだな?」
「贖罪だなんて、そんな……。しかしこれはキリさんの幸せにつながり、即ちカラさんの願いを叶えることになると言えるでしょう」
「そう……、だな」
「そして
クイは一旦言葉を切り、右手の人差し指を立てる。
「ユミさんの幸せにつながります。彼女もアイさんがラシノから立ち去ることを望んでいましたよ」
「何より? 小僧のことはカラとの約束があるが、あの娘はオレの何だと言うんだ?」
クイの意図した通り、強調したい部分が伝わったようだ。
「ユミさんの案内の元、私がナガレにやって来たことは本当です。後ほどケンさんに引き合わせるつもりでした。ユミさんの幸せを願えるかどうか、ご自身で見定めて頂けないでしょうか」
「……いいだろう。一度はソラだと勘違いしたんだ。あいつにもそれを思わせるものがあるということにしておく」
ケンは不審げにクイを見返したが、やがてこくりと頷いた。
「おうケンよ。なんだ、アイさんとやらをナガレに連れて来る決意が出来たってのか?」
「ああ、まだ気になることはあるが、こいつの言うことには納得せざるを得ない」
ケンは観念したように眼を伏せた。
クイは一気に緊張が解けていくのを感じる。
「ご理解頂きありがとうございます。気になる点につきましては、今のうちに仰ってください。精一杯の誠意を以て答えさせて頂きます」
その場で深く頭を下げる。
「俺からもいいかクイさん?」
「もちろんです」
声を発したアサに向かって顔を上げる。
「要するにケンを一度ナガレから連れ出してラシノへ行き、アイさんをナガレに伴って来る。そう言うことだよな?」
「端的に言えばそうです」
「それは鳩の縛めに反することだ。当然、分かっているんだよな?」
厳しい口調ではあるが、それがかえってクイへの信頼を感じさせる。
「はい。重々承知しているつもりです」
「ならやめといた方がいいんじゃないか。その企ては」
否定しながらも、その言葉には反論できるなら納得させてみろという含みが見える。
「私は鳩の縛めの原則については教科書で習う通り、人々の安全を守ることにあるのだと認識しています。従って我々が不自由な生活を強いられていると感じても、それは危険を避けるための手段なのだ。そのように結論付けています」
アサの表情を覗き見る。これはクイにとって答え合わせの意味を持つ。
しかしアサは何も言葉を発しない。沈黙は同意だと受け取った。
「どのような行動が危険につながるのか、線引きが難しいところですよね。しかしながら、何か1つ例外を許容するとそれに波及して認めざるを得ない事案が数多生じるのだろうと思います。こうなってしまっては無法地帯です。故に危険の有無に関わらず、厳しく取り締まられているのが現状なのだと考えています。
「含みのある言い方だな。まあ言いたいことはわかるが……」
「6年前にここへ訪れた際には、アサさんが力で抑えていると仰っていましたね? ナガレは実質的にアサさんが縛めとして機能しているということでしょうか」
「ふふ、否定は出来ん」
アサは自虐的に笑って見せた。
「クイさんがナガレにやって来ている時点で鳩の縛めに反したことにはなるんだが、俺も外の者と会えて嬉しいと思っているのが正直なところだ。だからあまり強くも出られないんだ」
「非常に助かります。しかしアサさんはそう言いながらも、安全には配慮しようとしているのではないでしょうか?」
「……まあな。クイさんの指摘する通り、鳩の縛めの原則は人々の安全を守ることにある。ナガレの烏達がどうなっても知らん。だが、外の村には迷惑をかけるべきではないと考えている」
アサも元は外の世界の住民である。そして鴦を持ち、娘もいる。
その平穏を守りたいというのが、彼の思いなのだと汲み取った。
「私の計画の第一段階はアイさんをナガレに連れて来ることです。すなわち外の村に影響を及ぼすことになってしまいますね」
「アイをラシノの村で野放しにしといても、碌なことにはならん」
間髪入れずケンが口を開く。
「あんな奴はどこかに幽閉しておくべきだったんだ。本来は女しかいないカトリに送るべきだが、この際ナガレでも構わん」
「アイさんがどんな奴かは分からんが、よっぽどのお方なのか……。むしろラシノから連れ出した方が、外の世界のためになるとお前は考えているんだな?」
「ああ、その通りだ」
ケンは吐き捨てる。
「じゃあお前の気になることって何なんだケン?」
アサの問いに応じるように、ケンはクイの方へと向き直る。
「お前、本来は百舌鳥の代わりにアイを使おうと考えてたんだよな?」
「はい……」
クイは気まずそうに肩をすくめた。
「アイさんを連れてくることが第一段階とは申し上げましたが、その後も私の思惑通りことが進むでしょう。このナガレにはアイさんと子を成したいと願う者は多くいるはずですから」
助けを求めるように、横目にアサの表情を伺ってみる。
「新しく生まれた鳩を使って、ナガレを第二のトミサにしたいって話だったよな? 外の村に迷惑をかけない、という点においてはナガレを他の村と繋げる訳にはいかない。が、森の恵みを得られるだけでもありがたいというのが今の俺の考えだ」
「……分かりました。第二のトミサの計画についてはすぐにどうこうしろと申し上げるつもりはございません。どうでしょうケンさん?」
「そうじゃない。オレが根本的に気にしているのは」
「で、ですよね。アイさんをぞんざいに扱うことになるわけですし……」
クイとしても、ケンが外の村のことを考えている訳ではないだろうとは思っていた。
今でこそアイに拒絶を示すケンであるが、最愛のソラを成した仲なのだ。
「アイへの罰だと考えれば俺にとってそれはどうでもいいことだ」
ケンは一度区切って、ごくりと喉を鳴らす。
「だが、カラはあれでもアイのことを愛していた。カラはアイに裏切られたが恨んではいない。カラが……、アイのことを慰み者にすることを良しとするのか?」
「ケンお前……」
「ならアイが望むようにするのがいいのか? あいつは俺さえいれば尻尾を振ってくるだろう。だがそれでは本末転倒だ。それに……」
ケンは左手で右手首を掴み、甲に焦がされた烏の烙印を見せつける。
「オレのこれまでの所業を思えばこの烙印は当然だ。だが、これでカラの気持ちが楽になったのか? ナガレに来てからもずっと考えていたんだ……」
ケンは項垂れる。ここまでの落胆ぶりを、アサが眼にするのも初めてだった。
「烙印持ちの俺が言うことではないが……。ケン、罰というものは本来罪人を罰するためにあるんだ。お前は十分苦しんだ」
「……どういうことだ?」
同語反復ともとれるアサの言葉に、ケンは怪訝な顔を浮かべる。
「裏を返せば、被害者を救済するのが本来の目的ではない。事実としてその効果はあるが……」
実に神妙な面持ちでアサは語る。
「極端な例を挙げよう。世界には自ら死を望むものもいるそうだな。その望み通りに殺してやったとしても、罪に問われることになるんだ。つまり縛めの名において、罪人は罰を受ける。被害者があの世で加害者に感謝していようと関係ない」
世の真理を説くのにふさわしい、厳かな口調だった。
しかしやがて、その表情は苦笑へと変わる。
「いや違うな。結局俺がナガレの鳩を必要だと感じて正当化しようとしているだけだ。アイさんの存在は確かにナガレへの希望になる」
「……俺もそれは理解したつもりだ」
ケンの険しい表情からは葛藤が伺える。
それにいたたまれなくなったのか、アサがクイに眼を向ける。
「なあクイさん、自由な世界を作ろうという目的はわかった。だがどうしてあんたがそれを望む?」
「……自由な世界の先にある、人々の幸せを願うのはおかしなことでしょうか?」
この思いは嘘ではない、それを伝えようとアサの眼をただまっすぐに見返した。
「あんたの性格上、人々の幸せを願うというのがどうにも腑に落ちんところはある。まあそれは疑ってもしょうがないことだ。しかしクイさん、あんたは大きな見落としをしている」
「と言うと?」
「その先に待つのが、人の幸せだけなのかという点だ」
アサは開いた右手を胸に当てる。件の烙印が
「教えてやるよ。俺が烙印を受けることになった経緯を」
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