第十二節 第二十五話 詰問

「ユミ! どこへ行ってた!」

 あわよくばギンだけを引き連れてテコの元へ。それはとんだ甘い考えであった。

 朝もやがかかる中、1人寝床へと戻ってきたユミをトキが激しい剣幕で叱責する。


「え、えっと……」

 いつもの癖で言い訳を考えてしまう。しかし妙案が浮かぶ訳もなく、身を固めたままトキに詰め寄られる。

 目の前に迫る顔がなんとも恐ろしい。鬼など見たことはないが、鬼の形相とはこういう物なのだろうとユミは身を縮めた。教官が怖いと発言したテコの気持ちが今ならよく分かる。ユミの目頭も熱くなっていく。


「テコ? テコはどこ!?」

 ユミとトキの間に流れる殺伐とした空気を裂くように、サイが声を上擦らせる。

 状況からして、ユミが何も関与していないとは考えにくい。サイはトキの体を突き飛ばし、ユミの胸倉を掴む。


「ユミ! テコをどこへやった!」

「あの……、えっとぉ……」

「えっとじゃない!」

 サイは怒声を飛ばすが、その眼は涙で潤んでいる。ユミにはこれ以上隠し通すことなどできなかった。


「森に……」

「森だと!? この広い?」

 胸倉を掴む手の力が少しずつ強くなっていくのが分かる。

「お願い……、ついて来て。テコのところまで……」


 ばちん。


シーンイラスト : https://kakuyomu.jp/users/benzenringp/news/16818093079436634700


 乾いた音ともに、ユミの視界がぐるんと回る。頬には焼けるような痛みが駆け巡る。

「ついて来いだと!? そんなことが出来たら姉さんだって……」

 ユミの頬をはたくために振りぬいたてのひらを、引き戻しながら握りこぶしを作っていく。

 次のユミの返答次第では、今度は本気で殴られかねないだろう。

「お願い……、私を信じてついて来て……。このままじゃほんとにテコが居なくなっちゃう……」

 涙ながらに訴える。同情を誘おうなどという気はさらさらない。

 しかしその態度が、かえってサイの忌諱ききに触れたようだ。

「泣きたいのはテコの方だ!」

 

「やめろ。サイ」

 

 立ち上がったトキが引き手になったサイの肘を掴む。

「ぐっ……」

 しばらくトキの手を振り払おうとする動作を見せていたが、やがて落ち着いたのか腕を下す。

「ユミについて行ってどうなるんだよ……」

「ユミを殴ったところでもどうにもならん」

 不貞腐れた様子のサイの頭を軽く撫でると、トキは改めてその大きな顔をユミに向ける。


「ユミ、お前、テコの場所が分かるのか?」

「……うん。テコと一緒に歩いてたんだけど、眠くて転んで……、足をくじいて動けなくなっちゃったみたいで……。助けを呼んでくるから動かずに待っててって……」

 余計な意図を読み取られない様に、誰を呼ぼうとしたか言及は避けた。


「サイ、ユミを信じてみないか? 俺達にテコの場所が分からん以上、そうするしかない」

「……ああ。だったら行動は早い方がいい」

 相変わらずユミを射るような、冷たいサイの視線だったが、ひとまずは話を聞き入れてくれたことに感謝した。


――――


「テコ!」

「サイぃいいいい!」

 ユミの言いつけ通り、テコは転んだ場所から動かずに待っていたようだ。

 尻もちをついた状態で座り込んでいた彼の姿を認めると、サイは一目散に駆け出し抱き締めた。


「怖かったろう? こんなところに一人で……」

「うん……。でもかーちゃん達にも会えたから」

「かーちゃん?」

 サイが素っ頓狂な声を上げると、トキとギンがユミの方へと眼を向ける。

 昨晩の寝床からここへ来るまでの間、何故テコを連れ出すような真似をしたのか真実を話すことが出来ないでいたのだ。

 

 ユミがもりす記憶を使い、鳩の縛めを犯すことの条件として、自ら掲げていた規律が2点あった。

 1つは他者の為の行動であること。

 もう1つは縛めを犯したことの責任は自らで負うことだ。

 

 モバラへ帰りたいと言い出したのはテコだったが、その背中を押したのはユミだ。それを肝に銘じなければならない。

 従って、あくまでもユミの意志でテコとともに夜の散歩にふける。そのような状況であったと説明していた。

 それを聞いたサイとトキは唖然とした様子だった。一方ギンだけは、場違いにも不満そうな顔を浮かべ「逢引きかよ」と呟いていた。

 

「おれがモバラに帰りたいって言ったから、ユミがついて来てくれた」

「テコ、お前モバラに行ってたのか? それが許されざることだと分かっているのか?」

「……うん」

 トミサを介さずに村と村を渡り歩く。鳩の縛めに従えば禁じられていることだ。というよりも、トミサを出入りする際に行われる検分により原理上不可能とされる。

 ただし、渡りに関しては例外だ。トミサでない村へ帰巣本能を発現した者が、複数名同時に外へ出ることが許された機会となる。やろうと思えば村同士の移動も可能なのだ。

 また万が一はぐれてしまった時は、帰巣本能に従い生まれの村へ向かえば良い。トキはその様に指導もしていた。

「確かに出入りした門のことを考えれば、モバラがナガラの近くにあってもおかしくないが……」

 そこまではトキの理解が及ぶところではある。不可解なのはユミの行動だ。

 テコとともにモバラへ赴いたが、その帰り道でテコが動けなくなり、助けを呼びに寝床へと戻って来た。さらにはトキらを引き連れ、テコの居場所まで案内した。

 鳩の常識から考えてあり得ないことを成し遂げている。

「ユミ、お前……。クイが言っていた通り――」

「クイ?」

 何故その名前が飛び出したのか、テコを引き合わせることが出来た今では疑問に思う余裕が生まれていた。

「いや気にしないでくれ」

 トキ自身も、その安堵からか怒気が収まり始めているようだった。

 

「なあ、テコ。お前、かーちゃんに会いたくなったのか?」

「ごめん……」

 サイの顔が曇る。そしてより一層テコを抱き締める力が強くなる。

「私がもっと寄り添ってやれてたら……」

 サイはテコとの初見の頃より、終始家族であろうと心がけていた。家族から離れて暮らすテコの心の隙間を埋めるために。また自身の心の拠り所を見出すように。

 テコの行動は自身の至らなさを突きつけられた気分なのであろう。


「違う! サイは悪くない! だってサイはおれの……。それにユミだっておれのねーちゃんとして動いただけなんだ!」

 ユミが本件について自らが責任を取ろうとするように、テコもまた自身の非を強調する。

「だったら私を頼ってくれたら良かったじゃないか!」

「最初はサイを呼んだんだよぉ……」

 その時の状況を思い出し、ユミは不謹慎にもふふふと声を漏らした。


 しばらく抱き合っていたサイとテコだったが、不意にぐーという音が鳴る。

「義兄さん、朝飯にしようぜ! いいだろ?」

「……まあいいだろ。だが、ここは隙間じゃないみたいだからあまり離れるなよ」

「よし来た!」

 サイは胸元のテコの頭を軽く撫で、立ち上がる。

 

 ――――

 

 食材を炙るために起こした火。その周りに一同が腰を下ろし、食後の余韻に浸っていた。

「お前のこと話してくれるか、ユミ?」

 少しだけ弛緩した空気が流れる中、トキが問いかける。努めて優しい声である。

 クイからは自身の特異性を他言しない様に釘を刺されている。しかし、通常の帰巣本能では説明できないことを眼の前で披露してしまった。

 状況としては孵卵の際、故郷のウラヤからヤミの囚われたナガレへ、ミズとクイとを案内した時と似ている。あの時はそれが異常なことであるとは知る由も無かったのだが。

 しかし今となっては自身の持つもりす記憶が、鳩の縛めを踏みにじるものであることにはいい加減気づいている。

 話してくれと言われてもどこから話したものか。もはや言い訳の余地はない。

 結論から述べようと言葉を紡ぎ始めた。


「私は歩いた道のりを覚えることが出来ます。それが森の中であっても」

「森の中でも道を覚えられる? ……あり得ない」

 サイは眼を丸くする。それも当然の反応だ。

 百聞は一見にしかず。ユミは記憶力を証明するため語りだした。

「人のことを手がかかる赤子みたいな扱いしてんじゃねぇ。自分で食う分ぐらいなんとかするよ。いいか、お前ら。確かに私は人の数倍食う。だけど食べるのは大好きだ。代償だとも思ってない。むしろこの体質は恩恵だと思ってる。うまいもんいっぱい食えるからな。お前らも、何か困ってることがあったらまずはそれを受け入れろ。そして活かせ。そしたらバカみたいに生きていける。そう、私の様に。……って誰がバカだ」

「ユミ?」

「私が覚えられるのは道のりだけじゃないみたい。これが特別なこととも思ってなかったんだけど、できないのが普通みたいだね」

「なんでその言葉を選ぶんだよ……」

 渡りの出発前、サイが演説して見せた食への執着。ユミに暗唱され改めて客観的に見たためか、その頬を赤く染める。

 

「記憶力だけじゃ説明もつかない気がするけど、現にテコを助けて見せたんだもんな。お前のその能力、何か人とは違う……」

「もりす記憶」

「もりすきおくぅ?」

 ユミは腰につけていたがま口から例の覚書を取り出し、サイの顔の前へと持って行く。不気味だとは感じていたが、捨てるに捨てられなかったものだ。

 サイは突きつけられた4つ折りの紙を開き、綴られた文字を読み上げていく。

「もりす記憶、森を意のままに歩ける力、トミサの門の外では使うも自由……。何だこりゃ?」

「いつの間にか私の懐に入ってた。まるで、この力を使えと言ってるみたいに――」

 

「ユミ!」

 腕組みしながら黙って話を聞いていたトキだったが、聞き捨てならぬとばかりに声を上げる。

「何故そんなことを黙っていた! 一体誰に!? さらにはそそのかされるままに行動したと言うのか!」


「トキ教官!」

 テコは精いっぱい声を上げる。

「お願い、ユミを怒らないで! 教官に怒鳴られると、話せることも話せなくなっちゃう……」

「む……。すまん。ユミ、ゆっくりでいい、話せるとこから話してくれ」

「はい、まずは……」

 何故黙っていたか、トキの剣幕を見てもっと早く伝えるべきだったと反省する。

「ごめんなさい……」

 適切な言葉が見つからないまま謝ってしまう。

「謝らなくていい。お前の気持ちになってみれば分かる。自分のことを特別だと思うなとは言ったが、お前の力は間違いなく特別だ。内に秘めておきたい物があったんだろう。簡単に話せなくても無理はない」


「私には、鴛がいるの……」

 散々迷った挙句、因果関係が不明瞭な言葉を選んでしまう。

「えっ!? おし? あーそうだよな。野菜と肉を香辛料と一緒に煮込んだやつ、ユミも好きだもんな! 推してるってことだよぐへぇ……」

 口の減らないギンの頭目掛けて、サイの手刀が振り下ろされる。

 

「孵卵で会った子で、キリっていうの。その子がいるのはラシノって村。ウラヤの鳩である私は、もう会いに行くことが出来ない……」

 サイが何か言いたげな表情浮かべたが、我慢してユミを見守る。

「でもね。気づいちゃったの。鳩の縛めに従うから会えないだけで、私の記憶に刻まれたラシノへの道のりを辿れば会いに行けちゃうんだよね」

 ユミはサイの持っている紙を指差す。

「書いてるでしょ。門の外では使うも自由って。案外ばれないんだよね、村から村を渡り歩いても。多分そういうことが言いたいんだと思う」

「ユミ! それは危険な考えだ!」

 声を張り上げたトキに対し、サイがぎろりと睨む。

「……またやっちまった。すまん。続けてくれ」

 

「村を渡り歩く行為が本当にばれないのかなって。キリを迎えに行く前に試してみたいと思ってた。それが覚書のことを黙っていた理由。渡りは失敗できる機会って言ってたよね教官? テコとモバラに行ったことがばれたとしても、教官達とはぐれちゃったことにすればいいって」

 トキの背筋が凍りつく。ユミは裏で恐ろしい絵図を描いている、クイから聞いていた言葉が今になって身に染みる。

 

「教官が言ったように、ばれなきゃいいっていうのは危険な考えだってのは身を以て感じた。本当はね、テコを助けるためにギンだけを呼んで来ようと思ったの」

「え? オレ?」

 一体何を期待しているのか、ギンは声を弾ませる。

「なぜか分からないし知りたくもないけど、ギンって妙に優しいからこれは使えるなって。きっと教官達にも内緒にしてくれると思った」

「使える……、か……」

 期待していた答えとは違ったらしく、彼は肩を落とす。


「例えばトミサの塀の内側でテコが怪我したとかだったら、サイかトキ教官に助けを求めたと思う。ギンなんかじゃなくて」

「いちいち傷つくこと言わないで……」

 ギンは今にも泣きだしそうだ。

「縛めを守っている限りはこそこそしなくていいんだよね。でも逆に、縛めを破ってる時に事故が起きると、誰かに助けを求めるのをためらっちゃう。命がけの状況なのに、罪を隠すために最適じゃない選択をしようとする。ギンに助けを求めて走った時も、テコを助けるためなんだって必死のつもりだったけど、サイやトキ教官にばれちゃだめだっていう意識が働いてた。テコを森の中で1人置き去りにするなんてどうかしてるよね。今になってすっごく後悔してる。結果としてはトキ教官にばれて良かったんだと思う。じゃないとテコを助けられなかった」

「ねーちゃん……」

 不安げな様子のテコに向かって、ユミは優しく微笑みかける。


「後はトキ教官が鳩の偉い人に黙っていてくれさえすれば、万事解決……。なんてさすがに甘い考えだよね」

 ユミの笑顔から自虐的な色が漏れる。

「ユミ……」

 トキは教官として教え子を導かなくてはならないのだが、ユミ自身も甘い考えだと分かり切っているようだ。

「お前の記憶力なら当然覚えてるんだろうが、鳩の縛めの本質は俺達の安全を守ることにある。村を渡り歩くにしてもトミサを介することで、人々がどこにいるのか把握できるようになる。そして森での行動を制限することで事故の起きる機会は減る」

「ええ、全く以てその通りだと思います。私が変なことをしたからテコが怪我したんです。ですが……」

 ユミは勿体ぶるように一度大きく息を吸う。

「鳩の縛めを守っても、事故は減るだけです。起こる時には起こるはずです。起こった時に、誰かの助けを呼びに行くことなんてできません」

 その言葉を聞き、トキとサイがはっとしたように顔を見合わせる。

 

「事故を減らすために定められた鳩の縛めのせいで、私の持つもりす記憶の存在を明るみに出すことができないのです。人を救うことをできるかもしれないのに」

 クイは言っていた。鳩の縛めの存在意義は人の安全を守るためにあるというのは建前で、本音は鳩がイイバの地を支配することにあるのではないかと。しかしこの仮説は2人の秘密だ。

「村を渡り歩く力。私が持っていると知れば、鳩の偉い人たちは私をどう扱うのでしょうか? きっと力で束縛してくる。それに……」

 ユミは再びサイの持っている覚書を指差す。

「それを私に渡したのは誰かは分かりません。でも、もりす記憶を我が物のようにしたい人がいるのかもしれません。事実、私は唆されるようにテコとともにモバラへと歩いてしまった」

 ユミはごくりと喉を鳴らす。

「いっそ、私はその覚書を渡した者に従うのがいいのかもしれません。そうすればキリに会いに行くための妙案が浮かぶかも……」


「それは違うぞ、ユミ!」

 口を挟むのを我慢していたトキだったが、ついに声を上げる。

「そんな奴に従えば、それこそお前の自由がなくなる!」

「ええ、ありがとうございます。私もそう思います。でも……、もう、どうしたらいいか分からなくて……」

 無機質に、気丈に振舞っていたユミだったが、堰を切ったように涙が溢れ出す。

「うう……、キリぃ……」

 

 言葉を詰まらせながらも腕でさっと涙を拭い、覚悟を決めたように声を張りあげる。

「あなた達に迷惑はかけません。キリを迎えに行く時は私1人で成し遂げて見せる!」

「ユミ!」

 トキがユミの両肩をがしっと掴む。

 

「言ったはずだ。俺達は家族だと。1人で抱えるな! もっと頼れ!」

「うわぁあああああ!」

 

 トキの胸に向かって泣き叫ぶ。

 ずっと隠していた自身の特異点。それによる弊害。本当は誰かに打ち明けたかった。

 クイも把握しているはずなのに、隠せと言うばかりだった。それをトキは受け止めようとしてくれている。

 

 サイもトキに倣うように口を開く。

「もりす? よくわからんけどユミはユミだ。ユミが何か抱えてるなら私も背負ってやるよ! だから……、得体の知れない奴の思い通りにはなるな!」

 トキの胸に貼りついていたユミの体を、奪うように引き剥がし、正面から抱き締める。

「その……、叩いて悪かった。テコを思っての行動だったんだよな……。お前がテコを助けてやりたいと思うように、私達だってお前の力になってやりたいんだ」

「ありがとう……、サイ」

 ユミは泣き顔をサイの胸に押し付ける。

 

「ガハハハッ! まあ、なんだ。もりすっつう奴はなんだかんだ七班の絆を深めたんじゃないか。よし、ここは『七班の縛め』とでも名付けて、ユミを支えてやろうじゃないか」

「七班の……、縛め?」

 サイの腕の中、ユミは首を捻り不思議そうな顔をトキに向ける。

「ああ、そうだ。要するにお前はそのキリって奴に会いたいんだろ。でもそれを成し遂げるには鳩の縛めを破らなければならない。ユミの気持ちを応援してやりたい気持ちはあるが、無制限に行動を許すわけにはいかない。そこで俺達の中で縛めを定めておくんだ」

 ユミ自身、鳩の縛めを犯すための条件を自ら定めていた。

 誰かの為の行動であること、自分自身で責任を持つこと。この2点だ。

 秘密が七班に明かされ、もっと頼れと言われた今、後者については無効だ。

 

「ユミがもりすを使い、鳩の縛めを犯す時はそれが七班の総意であること。そして全員が責任を負うこと。これが条件だ!」

「そんな、全員で責任って……。いいの?」

 ユミはトキに向かって問いかけた後、確かめる様にサイへ眼を向ける。

「ああ、もちろんだ。いいかユミ。大人の勝負の世界では、手段を選んでられない時があるもんなんだよ!」

 サイは顔の両脇から垂れた髪を束ねる賽子さいころを指先でいじって見せる。

 自身の賭け事においても手段を選ばなかったのだとでも言いたげだ。

「いいだろ、テコ?」

「うん! ねーちゃん、おれにも頼ってくれよな!」

 テコはすっかり元気になったようだ。その様子を見て、ユミからも笑みが漏れる。


「ガハハハッ! 後は……、ギンだな。どうだ?」

 一同一斉にギンへと眼を向ける。

 暫時、不満げな顔を浮かべていた彼だったが、指名を受け口を開く。

「ああ、いいよ。その条件自体は。でも今は……、ユミがそいつに会いに行くの同意できない」

「何だと! お前の下心なんて見え見えなんだよ!」

 サイがギンに詰め寄る。

「やめろ、サイ。それが七班の縛めの要だ。理由がどうであれ、ギンが嫌だと言ったら総意とは言えない。ユミにも諦めてもらうしかない。いいな、ユミ」

「はい、そのつもりです。ギンを恨むつもりもありません」

 ユミは飽くまでも冷静に返答する。

 一方のサイは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。

 

 ユミはクイとの会話を思い出す。

 鴛鴦文を書けないのなら、サイかギンかを頼ってユミの言葉をキリに届けられないかと聞いていた。

 クイは他人と秘密を共有することになるからそれは推奨できないと答え、ユミはそれに納得した。

 一方で、キリが書くであろう鴛鴦文を信用できる友人に届ければ良いという提案には賛同した。ソラの顔を思い浮かべて。

 考えてみれば、ソラに鴛鴦文を開いてもらうというのも鳩の縛めにおいて際どい行動だ。それでもソラなら巻き込んでも良いと即座に判断できた。

 それはソラをだと思っているからだ。

 裏を返せば、サイとギンが家族だとは思えなかったことを意味する。少なくともその時点では。

 本件で、サイに対する信頼は大きなものになった。一方、度重なる言動が相俟ってギンへの不快感は拭えない。

 

 ギンがユミの逢瀬を許さないように、ユミもギンに許してもらおうなどと思わない。

 キリが大人になったら迎えに行く約束だ。

 それまでにユミ自身がギンのことも家族だと思えるようになること。ユミに与えられた新たな課題だった。

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