第41話 これは金貨三十枚の分!

 階段を上がり、尖塔をぐるりと回るような細い廊下を歩くと、その先に大きな両開きの扉が見えてくる。


「もしかして、あそこにフェーちゃんが……」

「行きましょう」


 メルたちは残った距離を一気に詰めると、勢いよく扉を解き放つ。



「フェーちゃん!」


 扉の先は、数十人は軽く入れそうな開放的な空間が広がっていた。


 呆れるほどの広い天井に、細い止まり木に餌箱、水の入った箱と砂の入った箱、そして木製の木箱がいくつもあった。

 かつてハイネの屋敷で見たフェーのために用意された部屋と同じ構造、間違いなくここが物見の間のようだった。


「フェーちゃん、何処にいるの?」

「ノインちゃん待って。今灯りを点けるから」


 室内は魔法の燭台で照らされてはいるが、それでも部屋全体を照らすには足りないので、メルは魔法で白く輝く球体を作り出して室内全体を照らす。

 そうして部屋を見渡したメルは、部屋の隅で小さく丸まっている自分の背丈ほどのオレンジ色の塊を見つける。


 最初それを見た時、メルはフェーだと気付かなかった。


 メルの記憶の中のフェーは、黄色くてまん丸な愛らしいフォルムをしていたが、首が伸び、蹲る姿はまるでデフォルメされたフラミンゴのようであった。

 だが、生え変わった羽は手入れが行き届いていないのか、あちこちが毛羽立ってボロボロで、随分とみすぼらしい格好になっていた。


「もしかして、フェーちゃん?」

「…………ピッ」


 メルの声に反応してフェーと思われる鳥がゆっくりと目を開ける。


「…………」


 だが、起き上がる気力はないのか、再び目を閉じると小さく丸まってしまう。


「ノインちゃん」

「はい、フェーちゃん、待たせてゴメンね」


 蹲るフェーへと近付いたノインは、大事に抱えていた壺を掲げる。


「フェーちゃんが好きなアポルのジュースを持って来たんだ。これなら飲めるでしょ?」

「ピピッ」


 ノインの姿を見たからか、それともアポルのジュースが嬉しかったのか、フェーはゆっくりと身を起こすと嬉しそうにパタパタと羽ばたく。


「フフッ、慌てなくても大丈夫だからね」


 ノインは笑みを零しながらアポルのジュースが入った壺を置き、蓋を開けようとする。


 だが次の瞬間、閃光がノインの脇を掠めたかと思うと、彼女が持つ壺が音を立てて粉々に砕け散る。



「…………えっ?」


 一瞬、ノインは何が起きたのかわからず、目を大きく見開いて粉々に砕け散った壺を見つめる。


「あっ……」


 割れた壺から溢れ出したアポルのジュースの甘い香りが鼻孔をくすぐり、ジワジワと地面を濡らすのを見てようやく自覚したのか、ノインの目にみるみる涙が溜まっていく。


「あ、ああ……あああああああああああああああああああ! うわああああああああああああぁぁぁ!!」

「ノインちゃん……クッ、誰!?」


 大声を上げて泣き出すノインを気遣いたいメルであったが、彼女が持っていた壺が割れた要因を作ったであろう何かを探るために入口の方へと目を向ける。


「やれやれ、素人がフエゴ様に余計なものを与えないでもらおうか」


 そこには黒いスーツを着たハイネが、侮蔑するようにノインのことを睨んでいた。


「城の兵士たちには誰も入れるなと言っていたのに……一体連中は何をしているのだ」

「そういうあなたこそ、何をしてるんですか!」


 どうやら魔法でノインが持つ壺を割ったのか、杖を構えるハイネの前へ進み出たメルは、泣きじゃくる少女を庇うように立ちはだかる。


「せっかく用意したアポルのジュースを壊すなんて、一体何様のつもりですか!?」

「そういうお前こそ、何も知らない素人の癖に余計な口出しをするな」


 メルの質問に、ハイネは額に青筋を浮かべる。


「アポルのジュースだ!? 神聖なフエゴ様がそんな下賤なものを飲むはずないだろう」

「な、何を言って……」

「いいか? フエゴ様は清貧を何より好むのだ。故に食事は麦やひえ、あわといった穀物と、不純物が混じっていない清水を与えるのだ。その中で長年の経験から私は、フエゴ様に最も合う穀物と水を見つけ、今回もそれを用意したのだが……」


 ハイネはやれやれとかぶりを振ると、大袈裟に嘆息する。


「私の姪が連れて来てフエゴ様は、せっかく用意した最高の供物を全く口にしないどころか、自分の世話も碌にできない……何よりあり得ないくらい太って不細工な、とんだ出来損ないではないか」

「…………」

「フエゴ様の世話をして二十年以上、何匹ものフエゴ様を見送って来た私でも、こんな出来損ない見たことがない。全く……無知な子供に世話をされて、このフエゴ様もほとほと憐れだな」


 相当腹に据えかねていたのか、ハイネはこめかみに手を当てて再び大袈裟に嘆息してみせる。


 すると、


「……まれ」

「ああっ?」

「黙れって言ったんだ!」


 好き勝手言うハイネにとうとう我慢の限界が来たメルは、怒りで顔を真っ赤にして捲し立てる。


「何が清貧を好むだ。お前にフエゴ様の……フェーちゃんの何がわかるんだ!」

「何がわかるだと? 私は長年の経験から……」

「そんなこと知るもんか。お前が見ているのは自分の経験だけで、一度もフェーちゃんを見ていないじゃないか!」


 自分の経験が全てと決めつけるハイネの思考は、かつてメルのことを普通でないと決めつけ、自分の杓子定規に当てはめようとする彼女の周りにいた大人たちと一緒だった。


「フエゴ様だってみんなそれぞれに個性があって、好きなもの、嫌いなものがあるんだ!」

「だからそれは、長年の研究で……」

「その研究が、フェーちゃんを苦しめているって何でわからないんだ!」


 こんな窮屈な場所で、たいしておいしくもない餌と水しか与えられないことが、彼の鳥たちにとって良いことだとは、メルには到底思えなかった。


「どうせお前の自分勝手なおもてなしとやらに、きっと今までのフエゴ様も嫌気がさしていたに決まってる!」

「な、何だと!? ただの小娘ごときが、フエゴ様の研究で王に認められた私に意見するというのか!」


 憤怒の表情を浮かべてハイネが恫喝するが、彼以上に怒っているメルは止まらない。


「そんなもの人間の物差しで勝手に決めた何の意味も、価値もない無駄なものだ!」

「こ、こいつ、言わせておけば……」


 フエゴの研究を馬鹿にされたことが頭に来たのか、ハイネは手にした杖をメルへと向ける。


「魔法でもエリートであるこの私に逆らったこと、後悔させてやるぞ」

「何がエリートだ。魔法でボクに勝てると思うな!」


 ハイネが持つ杖に火の玉が生まれるが、それが発射されるより早くメルがピストルの魔法を放って彼の持つ杖を弾き飛ばす。


「な、何!?」

「もう一発!」


 弾かれた杖を目で追うハイネに、メルは再びピストルの魔法を……今度は彼の額に目掛けて放つ。


「あがっ!? おごっ!?」


 額を撃ち抜かれ、吹き飛ばされた勢いでさらに後頭部を後ろの壁に打ち付けたハイネは、うつ伏せに倒れてそのまま動かなくなる。


「金貨三十枚の恨み……そのまま暫く寝てなさい」


 吐き捨てるように言ったメルは、ハイネに背を向けて泣きじゃくるノインを慰めているルーの方へと駆けていった。

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