第40話 王立生物研究所
ファルケの宣言通り、そこから先はこれといった邪魔も入ることなかった。
暗闇の中、物見の間がある尖塔に向かって歩きながら、ノインは何度もルーの背中を目で追っていた。
その理由は、先程ルーが発した「怖がらせて、ごめんね」という発言が原因だった。
ルーが自分とフェーのために頑張ってくれていることをノインは重々承知しているし、彼女に敵意がないこともわかっている。
それでも戦うルーを見た時、ノインの第一印象は『怖い』であった。
ただ、怖いと思うことは仕方ないにしても、それを表に出すつもりはなかった。
それが突如として声をかけられ、反射的に返した言葉に恐怖が混じってしまったこと、それをルーに悟られて、彼女に気を使われてしまったことをノインは後悔していた。
「……はぁ」
「ルー姉ってさ……」
大きな溜息を吐くノインに、そっと近づいてきたメルが励ますように元気な声で話しかける。
「普段は何を考えているかわからないのに、いざという時にみせる顔の迫力が凄くて、怖いって思っちゃうよね?」
「それは…………はい」
ここで下手に嘘をついても仕方ないので、ノインはおとなしく白状する。
「でも、怖いというより驚いたというか……そんなつもりはないんです」
「わかってるよ。ボクも……勿論、ルー姉もね」
「メルさん……」
縋るような目で見てくるノインに、メルは安心させるように笑ってみせる。
「ルー姉もノインちゃんの気持ちはわかってるから、落ち着いたらもう大丈夫って声をかけてあげて」
「はい、必ず」
目から涙をこぼして破顔するノインを見て、メルはこっそりこちらの様子を伺っているルーに「心配ないと」と手で合図を送っておいた。
ちょっとしたやり取りはあったが、メルたちは無事にフェーがいると思われる物見の間がある尖塔へと辿り着いた。
「ここにフェーちゃんが……」
石を積んで造られた尖塔は、周りの同じ形状の尖塔と比べて明らかに高く、大きな建物だった。
主に見張り台として建てられる他の尖塔とは違い、中にはフエゴが成体になるまでの間、快適に過ごせるための施設が揃っていることを考えると、納得の大きさでもあったが、これだけ広いと中にまだ結構な数の敵がいてもおかしくはなかった。
「メル、カギはかかっていないみたいだけど、どうする?」
「決まってるよ」
メルはルーとノインの顔を見渡した後、力強く頷いてみせる。
「行こう、そしてフェーちゃんと一緒に帰ろう」
その言葉を皮切りに、三人の少女たちは扉を開けて尖塔の中へと入る。
扉を抜けた先はてっきり武骨な石の空間に螺旋階段だけが広がっていると思われたが、中は煌々と灯りが焚かれ、絨毯が敷かれた生活感あふれる空間が広がっていた。
左右には何処かへと続く扉、正面には上へと続く階段があり、天井はメルたちの倍ぐらいの高さしかなく、イメージしていたような吹き抜けの構造とはなっていなかった。
「何か思っていたのと……」
「違いますね」
もっと広々とした無機質な室内のイメージをしていたメルたちは、呆気にとられながらも注意しながら中へと進む。
すると、
「誰ですか? ここが何処だかわかっているのですか?」
「「「――っ!?」」」
突如として声をかけられ、三人は弾かれたように声の方へと目を向ける。
そこにいたのは、くたびれた白衣を身に付け、黒い髪をひっ詰めた眼鏡をかけた妙齢の女性だった。
「な、何ですか。そんなに驚くことはないでしょう」
やや顔に疲れの見える女性は、ずれた眼鏡を直しながら苛立ちを露わにする。
「ここはエーリアス王立の生物研究所ですよ。あなたたちみたいな人に用があるとは思えないのですが」
「用なら、あります!」
女性の言葉に、ノインが反論するように大声を上げる。
「ここにフェーちゃんがいると聞きました。フェーちゃんに会わせて下さい!」
「フェーちゃん……ああ、あのフエゴ様のことですか」
ちらと天井を見上げた女性は、値踏みするようにノインを見る。
「それで、君はフエゴ様の何なの?」
「ママです! 生まれた時からずっとフェーちゃんの面倒を、私が見て来たんです」
「そう、あなたが……」
ノインがフェーのママと名乗った途端、女性の目が冷たいものに変わる。
「正直、迷惑なんですよね」
「な、何がですか?」
「あのフエゴ様のことです。あんな変なフエゴ様、初めて見ましたよ」
ガリガリと頭を掻きながら、女性は大袈裟に嘆息する。
「あのフエゴ様、我々が用意したご飯には手を付けないし、羽づくろいも碌にできないのかボサボサで汚いし、何より今まで見たフエゴ様の中で最も醜い姿をしてる。本当、どんな教育を受けてきたんだろうね?」
「ううぅ……」
女性に一方的に攻め立てられ、睨まれたノインの目にみるみる涙が溜まっていく。
このままノインが泣き出すのは時間の問題だと思われたが、
「フェーちゃんのこと、よく知りもしないのに悪く言うのは止めて下さい!」
二人の間にメルが割って入り、女性へと詰め寄る。
「そんなことより今の話だと、フェーちゃんはずっとご飯を食べていないんですか?」
「あ、あなたは……」
「友達です。そんなことより……」
困惑する女性に、メルはどんどん前へ進みながら詰め寄る。
「フェーちゃんがご飯をずっと食べていないということは、あの子は元気なんですか? ちゃんと世話してるんですか?」
「し、知らないわよ。世話はハイネ所長が主導でやってるから、私たちは指示に従うだけだし……」
「じゃあ、フェーちゃんは何処にいるのですか? 上でいいんですか?」
「あっ、う、うん、上にいけば物見の間があるから……」
「わかりました」
フェーがいる場所の言質を取ったメルは、女性に背を向けてノインの手を取る。
「ノインちゃん、行こう」
「で、でも……」
「フェーちゃんが困ってるんだよ。だったらママであるノインちゃんが行って助けてあげないと! 大丈夫、ノインちゃんは誰が何と言おうと立派なママだよ!」
「そう……ですね」
メルの励ましの言葉に、ノインは顔を上げて乱暴に涙を拭う。
「行きましょう。フェーちゃんに早くこれを届けてあげないと」
「うん、早く渡して元気にしてあげよう」
メルたちは頷き合うと、上の階段目指して走り出す。
「ちょ、ちょっと勝手な真似は……」
二階に行こうとするメルたちを見て、女性が慌てて止めに入ろうとするが、
「邪魔」
「うっ!?」
ルーが女性に当て身を喰らわせ、あっさりと意識を奪う。
「大丈夫、気を失っているだけだから」
心配そうに振り返ったメルたちに、ルーは女性を優しく壁にもたれるように座らせる。
「この時期なら一晩寝ても風邪は引かない。それより早く先に行こう」
「うん、わかった」
女性の容体の心配をしている場合ではないと、メルたちは先を急ぐために上へと続く階段を駆け登っていった。
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