第39話 お姉ちゃんマジモード
「……ル、ルーさん?」
急に周囲の雰囲気が変わったことに、ノインは胸の中に抱えた壺をしっかり抱き締めながら小さく震える。
「こ、こんな大事になるなんて、一体どうしたら……」
「大丈夫、何も心配しなくていいよ」
狼狽するノインを落ち着かせるように、メルが彼女の背中を擦りながら優しい声音で話す。
「ルー姉が負けることなんてあり得ないし、ノインちゃんのことはボクが守るから」
「いえ、心配なのはルーさんではなく……」
「ああ、ファルケさんのことね」
まだ一度も切り結んでいないのにも拘らず、目を血走らせ、荒い呼吸を繰り返しているファルケは、明らかにルーの迫力に呑まれているようだった。
ルーなら万が一はないと思うが、それでもメルは確認のために彼女に声をかける。
「ルー姉、わかってると思うけど……」
「大丈夫。こう見えても頭はちゃんと冷えてる」
「うん、信じてる」
頼もしい姉の言葉に、何も心配ないと判断したメルは、暗視魔法を使って目を強化しながら素早く周囲へと目を走らせる。
ファルケと共に現れた騎士団という兵士たちは総勢二十名弱、全員が完全武装をしており、列車の時に戦った強盗とは違って一筋縄ではいかなそうであった。
「だけど……」
メルは右手の親指と人差し指を立て、左手でしっかりと支えるようにして構えると、最奥で魔法の詠唱を始めている魔法使い、その者が持つ杖へと狙いを付ける。
「バン!」
発声と共にメルの指から発射された不可視の魔法が虚空を飛び、魔法使いが持つ杖を弾き飛ばす。
「バン! バン!」
続けて二発、三発と立て続けにピストルの魔法を発射し、メルは魔法使いたちを無力化していく。
「おい、あの白い少女を止めろ!」
「魔法の威力はたいしたことない。一発や二発は覚悟して突っ込め!」
後衛の魔法使いが無力化されたのを見た兵士たちは、被害の状況から攻撃を受けても問題ないと判断してメルへと殺到する。
「メルさん!」
「大丈夫、見えてるから」
犠牲を覚悟で突っ込むと決めた兵士たちが一か所に集まったのを確認したメルは、両手を弓の弦を引き絞るように大きく後ろに下げる。
「判断が早いのはいいけど、一か所に集まったのは失敗だったね」
メルは唇の端を吊り上げてニヤリと笑うと、
「モンケンの魔法、いっくよおおおおおぉぉ……どーん!」
溜めた力を解放するように両手を思いっきり前へと突き出す。
その瞬間、メルの両手から突風と共に衝撃波が発生し、集まった兵士たちを次々と吹き飛ばしていく。
吹き飛ばされた兵士は十数メートルほど勢いよくゴロゴロと転がり、ようやく止まった時には揃って目を回していた。
「悪いけど、ボクのオリジナル魔法はピストルだけじゃないんだよね」
一気に半数近くの兵士を無力化したメルは、油断なく兵士たちを見ながらルーに声をかける。
「ルー姉、他の人たちはボクが倒すから、ルー姉はファルケさんを!」
「わかった。すぐに済ませる」
メルの言葉に、ルーは構えたまま薄く笑う。
「おいおい、すぐに済ませるだって?」
すると、ルーの言葉にファルケが目敏く反応して片眉を顰める。
「他の奴ならともかく、このあたしがそう簡単にやられると思うな!」
怒りを露わにしたファルケは、一気にルーとの距離を詰めて彼女へと斬りかかる。
「教会の加護を受けた神聖剣の威力、思い知れえええええええぇぇ!」
「……フン」
大上段から振り下ろされるファルケ渾身の一撃を前に、ルーは動じることなく軽く鼻を鳴らして右手を掲げ、難なく受け止めてみせる。
「なっ!?」
「教会の加護とやらもたいしたことないな」
ルーが剣を受け止めた右手に力を籠めると、ファルケの愛剣はあっさりと粉々に砕け散る。
「ば、馬鹿な……こんなにも力の差が……」
「あるんだよ。ただの人間が、ドラゴンに敵うはずないだろう」
キラキラと舞い散る剣の破片を愕然と見つめるファルケに、左拳を構えたルーが容赦なく彼女を鎧の上から殴りつける。
ルーに殴られたファルケは、まるでトラックに正面衝突したかのように大きく吹き飛び、何度も地面をバウンドしながら転がり続け、一際大きな花壇の中に突っ込んだところでようやく止まる。
「ご主人様の言うことは、ちゃんと聞くべきだったな」
拳を振り抜いた姿勢で呆れたように呟くルーであったが、その言葉にファルケが反応することはなかった。
「あらら、派手にやったね……」
ファルケとの戦いに決着がついたところで、メルがノインを連れてルーのところへとやって来る。
「ルー姉、ちゃんと手加減したんだよね?」
「モチロン、ちょっとムカついたから装備は壊してやったけど、体は無事なはずだよ」
「ああ、何か神聖剣とか聞こえたけど……壊しちゃったんだ?」
「うん、大層な名前の割にはただの剣だった」
「そう……」
ルーの手に残った剣の破片を見て、メルは小さく嘆息する。
「ファルケさん、気落ちしなきゃいいけど……」
「自業自得、私と戦うなという命令を守らないあいつが悪い」
「えっ、そうなの?」
「そうなの」
こっくりと頷いたルーは、静かになった周囲を見てメルに尋ねる。
「メルの方も終わったんだ?」
「終わったというより、ルー姉がファルケさんをぶっ飛ばしたのを見て、皆逃げていったよ」
まるであらかじめそういう取り決めになっていたか、ファルケが吹き飛んだのを見た兵士たちは降参を示すように武装を解除すると、ジェスチャーで一つの尖塔を指差して花壇の中のファルケを回収して去っていった。
「多分だけど、ファルケさんは本当にルー姉と戦ってみたかっただけなのかもね」
「だとしても迷惑、私は戦いたくなんかなかった」
「だよね」
できるなら戦闘なんて物騒なことはしたくないというのが、メルとルーの共通認識であった。
「でも、どうしてあの人たち、ボクたちが行きたい場所がわかったんだろう?」
「それは多分、ずっと私たちのことを監視している人がいたからだと思う」
「えっ?」
ルーのまさかの一言に、メルは目を大きく見開いて辟易した様子の姉に質問する。
「そ、そんな人いたなんて……いつから?」
「二日目の朝からかな? 敵意がないから放っておいたけど、あんまりいい気分じゃなかったな」
「ぜ、全然気付かなかった……」
監視者がいることに全く気付かなかったメルは、青い顔をして頭を抱える。
「ど、どうしよう、変なことしてなかったかな?」
「それは大丈夫、メルはいつも通りご飯食べて、変なうんちく垂れてただけだから」
「うぅ……変て言わないでよ」
多少の自覚はあるのか、メルは頭を抱えたまま顔を赤面させる。
「と、とにかくフェーちゃんの場所がわかったのなら、早く行こう」
「そうだね」
ゆっくり頷いたルーは、緊張した面持ちで壺を抱いているノインへと目を向ける。
「ノイン、行ける?」
「あっ、は、はい、大丈夫です」
ルーに声をかけられたノインは、ハッと顔を上げて小さく頷く。
だが、すぐさま気まずそうに顔を伏せると、ギュッと胸の中にある壺を抱く。
そのノインの行動が恐怖によるものだと気付いたルーは、彼女の頭へと手を伸ばしかけたが、途中で止めて振り返る。
「怖がらせて、ごめんね」
「あっ……」
「後少しだから、それまでちゃんと守ってみせるから」
そう小さく呟くと、ルーはノインから離れるように早足で目的の尖塔へと向かって行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます