第38話 待ち受けるものは

 宿舎を抜けると、いよいよ城の敷地へと入ることになる。


 前庭よりもさらに大きく、しっかりと手入れされた中庭は、昼間に訪れれば季節の花が咲き乱れるそれはさぞ美しい光景が見えたことだろう。


 ここにも見張りの姿は見えなかったが、念のために近くの花壇の影に腰を落としたノインは、隣で周囲を警戒しているメルに尋ねる。


「メルさん、物見の間は……」

「左奥の塔の上だって話だから……あっちかな?」


 全部で六本ある尖塔の左端を指差したメルは、立ち上がってノインへと手を差し出す。


「ここまで来たらもう後少しだよ。フェーちゃんも待ってるよ」

「はい、そうですね」


 フェーの名前を聞いたノインは、目に光を灯らせて勢いよく立ち上がる。


「早くフェーちゃんと会うためにも、急ぎましょう」

「うん、行こう」


 二人の少女は手を繋いで、物見の間目指して一気に駆け出そうとする。



 だが、


「二人共、待って」


 ルーが二人の進路を塞ぐように立つと、咎めるような鋭い声を出す。


「誰かいる……」

「誰かって……そりゃ誰かはいるでしょ」

「違う、囲まれている」

「えっ?」


 メルが驚いた声を上げると同時に、何処かに隠れていたのか、中庭のあちこちから次々と人影が現れる。


「フフフ、本当に現れるとは、待った甲斐があったね」


 最後に、メルたちの正面から現れた人影が、肩に担いだ剣を突き付けてニヤリと笑う。


「許可なく城に潜入して、タダで済むと思っているのか? なあ、巡礼の魔法使いとその騎士さんよ」

「ファルケさん……」


 現れた人影は、メルたちが助けた女性、ネージュの騎士である褐色の肌を持つ女性騎士、ファルケだった。



 見知った人物の登場に、メルは少しだけ警戒を解いてファルケに話しかける。


「……どうして」

「どうして隠蔽の魔法を使っているのに、認識されているのかってか?」

「はい……」


 自分の魔法に自信があったメルは、周囲の兵士たちにも認識されていることに困惑しながらファルケに尋ねる。


「ボクの魔法はまだ有効に作用しているはずなのに、どうして見えているんですか?」

「ハハッ、勉強不足だな」


 悔しそうな顔のメルに、勝ち誇った顔をしたファルケが種明かしをする。


「ここは聖王都と呼ばれる聖地だぜ。普通の場所ならともかく、こういった特別な場所には、あらゆる侵入者を排除する特別な結界が張ってあるんだよ」

「結界? そんなものはこの城には……」

「あるのさ、ただ結界が張ってあるのは城にじゃない。だから君が感知できなかったとしても仕方のないことさ」

「そ、それってまさか……」


 何かに気付いたメルは上空を見上げた後、前後左右の彼方の景色を見て愕然となる。


「まさか結界は城ではなく、聖王都全域に!?」

「そういうことだ。最初から結界内にいたから、新たに結界を察知できなかったというわけだ」

「むむぅ……」


 ずっと警戒していたはずなのに、まさか最初から相手の手の平の上であったことを思い知らされたメルは、悔しそうに歯噛みしながらも、すぐに気を取り直してファルケに話しかける。



「ファルケさん、あの……これには深い理由があるんです」

「ああ、だろうな。だが、知ったことじゃない」


 そんなことは百も承知、そう謂わんばかりにファルケは腰に吊るした鞘から剣を引き抜いて構える。


「どんな理由があろうとも、侵入者は排除する。それが聖王都を守る騎士団の掟だ」

「そ、そんな……」


 まるで聞く耳を持ってくれないファルケに、メルはどうすべきか必死に考える。


 結界を見抜けなかったのは、自分のミスだ。


 自分たちの正当性をどうにかファルケに訴えることができれば、自分たちはともかく、ノインだけでも罰を受けることを免れることはできないだろうか。


 すると、


「メル、無駄だよ」


 最悪の状況を回避しようと考えるメルに、冷静に状況を見極めていたルーが話しかける。


「もっともらしいことを言ってるけど、あいつはただ戦いたいだけ」

「ルー姉?」

「メルは気付かなかったかもしれないけど、あいつはずっと私にだけ殺気を向けている」


 そう言って大袈裟に嘆息してみせたルーは、一歩前へ進み出てファルケに話しかける。


「何が聖王都を守る騎士団の掟だ。私と戦いたいのなら、最初からそう言えばいいだろう」

「フッ、何のことかな?」

「……御託はいい」


 ルーは吐き捨てるように言うと、肩幅に足を開いて自然体で立つ。


「恐れを知らない小娘が……後悔するがいい」


 その瞬間、地面が僅かに揺れ、ルーの周りにまるで陽炎が発生したかのような揺らぎが生まれる。


「カカッ、そうだ。それだよ!」


 ルーの雰囲気が変わったことを察したファルケは、犬歯を剥き出しにして剣を構える。


「立っているだけで肌がヒリつき、足が竦みそうなほどの迫力、これを待っていたんだ」

「とうとう本性を表したか」

「何言ってんだ。お互い様だろ」


 恐怖なのか、それとも武者震いなのか、ファルケはカタカタと震える剣をどうにか制御しようと無理矢理笑ってみせる。


「心配するな、これ以上の援軍はない。あたしたち全員を倒せば、城内に入らない限り何処にでも好きに行くがいい」

「ああ、そのつもりだ」


 どうやら戦闘を避けて通ることはできないと悟ったルーは、腰を落とし、右手をゆっくり水平に構えた。

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