第34話 友達のためならば
フェーを助けると決めたメルたちが最初に向かったのは、アポルを売っていた男性店主の店だった。
「お嬢ちゃんたち、さっきは大丈夫だったか?」
「はい、さっきはご心配をおかけしました」
メルたちの後ろで申し訳なさそうに頭を下げるノインを見て、男性店主は気にしていないという風に手を振って笑う。
「それで、今度は何の用だい? まさか、アポルのジュースを買ってくれるのかい?」
「はい、買いに来ました」
「えっ?」
驚く男性店主に、メルはほぼ全財産が入った財布を差し出す。
「大切な友達を助けるのに、そのジュースが必要なんです。お金ならここにあります」
「どれ……確かに」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした男性店主は、何度もメルとノインの間を往復して見る。
「で、でも本当にいいのかい? 友達を助けるためといってもお金……これから困るんじゃない?」
「そんなことは知りません」
吹っ切れた様子のメルは、未発達の胸を大きく張って快活に笑う。
「旅は無一文でもできますし、食べ物もいざとなれば現地調達できますから」
「問題ない。肉を獲るのは得意」
メルの言葉に追従するように、ルーは親指を立ててみせる。
「……というわけです。ですからおじさまもボクたちのことは気にせず、しっかり商売して下さい」
「……わかった」
メルの決意が揺るぎないものだと悟った店主は、自分の膝を打ってみせて商売人の顔になる。
「俺も男だ。金があるなら売らないわけにはいかないからな」
「それじゃあ……」
「ああ、持ってけ……ついでだからお嬢ちゃんたちの友情に免じて、少しだけ負けてやるよ」
「本当ですか!?」
喜色を浮かべるメルに、男性店主はこっくりと頷いて受け取った財布から代金を抜いて返す。
「特別に金貨三十枚のところ、金貨二十九枚と残りの銀貨に負けといてやるよ」
「……ああ、そうですか」
そう言って受け取ったメルの財布には、金貨が一枚と僅かな銅貨だけが残っていた」
無事にアポルのジュースが入った壺を買ったメルたちは、ノインの案内でフェーがいる場所に向かって走っていた。
長い坂道を駆け上がりながら、メルは先頭で大事そうに壺を抱えて走るノインに話しかける。
「はぁ……はぁ……ノインちゃん、その壺、ボクかルー姉が持っていようか?」
「大丈夫です……これだけは……これだけは絶対に守ってみせますから」
転んで壺を落としてしまったら大惨事は免れないのだが、ノインは頑としてその役目を譲ろうとしない。
フェーを救いたいという使命感はいいのだが、それでもここは慎重に動いてもらいたいとメルは思う。
そんな折、前を行くノインが石畳の出っ張りに足を引っかけて転びそうになる。
「――ヒッ!?」
ノインも心配だが、それより全財産を叩いて買った壺が割れてしまうと、メルは小さな悲鳴を上げる。
すると、
「任せる」
メルの脇をルーが滑るように前へ進み出て、手を伸ばして転びそうなノインを壺ごと救ってみせる。
「ルーさん、ありがとうございます」
立たせてもらったノインは、大事そうに壺を胸に抱いてルーに向かってペコリと頭を下げる。
「あ、あの……」
「心配しなくても、いざという時は私が助ける。だから気にせず走るといい」
「あ、ありがとうございます」
ルーからお墨付きをもらったノインは、満開の花が開いたかのような笑みを見せる。
「フェーちゃんがいるハイネおじさまの家まであと少しです。ルーさん、いざという時は頼みますね」
「任された」
ルーからの加護を受けることになったノインは、何度か深呼吸を繰り返して呼吸を落ち着けると、再び走り出す。
その後に、ルーも涼しい顔で付いていくが、
「はぁ……はぁ……ちょ、ちょっと待って」
壺が割れるかもと精神力を大きく削られ、さらに体力的には一番少ないメルは、フラフラと頼りない足取りで先を行く二人の後を追いかけた。
ノインの叔父だというハイネの屋敷は、坂のかなり上の方、主に貴族や大商人といった上級市民が住むエリアにあった。
「あそこです」
そう言ってノインが差し締めるのは、周囲の屋敷より一際大きなカントリーハウスを思わせるアイボリーの色をした洋館だった。
左右対称の二階建ての洋館は、外の光をふんだんに取り入れるつもりなのか、ガラスをふんだんに使った外観をしており、ガラスとガラスの間にはフエゴを模したと思われる彫刻が施され、黒色の屋根上にも同じ形の風見鶏がああった。
「うわっ、おっきい……」
「見惚れるのは後です。早く中に入りましょう」
思わず立ち止まろうとするメルを促しながら、ノインは洋館を囲んでいる柵の入口となる巨大な鉄の門扉へと駆けていく。
「ノイン様?」
すると、門扉の前で立っていた門番の二人の内の一人がノインに気付いて大きく目を見開く。
「どうして外に? 部屋で休んでいたはずでは?」
「それより扉を開けて下さい。フェーちゃんのためにこれを買ってきました」
「これを……」
ノインが抱えている壺を見た二人の門番は、困惑したように顔を見合わせる。
「あ、あの、ノイン様。実は……」
最初に声をかけてきた門番が、ノインへと話しかけようとするが、
「早く開けて下さい! フェーちゃんが……フェーちゃんが待っているんです!」
一刻も早くアポルをフェーに渡したい一心のノインは、門番に向かってヒステリックになって叫ぶ。
「お願いします。黙って出ていった罰なら後でいくらでも受けますから!」
「そ、そんな権限は我々には……」
ただの雇われ門番である二人はこれ以上の説得は無駄だと諦めたのか、互いに頷き合って二人がかりで巨大な鉄の門扉を開けていく。
「どうぞ、それで後ろのお二方は?」
「この方は私の大事なお友達です。フェーちゃんを心配して来て下さったのですから、お通しても問題ありませんよね?」
「ノイン様が仰るのであれば……」
訝し気な視線を向ける門番たちに、メルたちは両手を上げてニッコリ笑う。
「一応、怪しい者ではありません。この通り武装もしていません」
「同じく」
ルーもメルに倣って両手を上げて非武装であることをアピールすると、二人の門番は警戒を解いて二人に道を譲る。
「ノイン様の手前お通ししますが、くれぐれも下手な真似はしないようにして下さい」
「わかってます。ノインちゃんに迷惑がかかるようなことはしないと約束します」
「……ノイン様を、お願いします」
門番の言葉に別の含みがあることに気付いたメルは、二人の門番に「お任せを」と言ってルーと一緒に鉄の門扉を潜る。
「メルさん、ルーさん、早く!」
「うん、今行くよ」
ノインに危うい気配を感じながらも、今は下手なことを言うべきではないと思ったメルとルーは、目配せしてぴょんぴょんと忙しなく飛び跳ねる小さな少女の後に続いてエントラスポーチへ向かって行った。
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