第33話 その声が聴きたくて

 久方ぶりに見るノインの姿に、メルはつい嬉しくなって笑顔で彼女に話しかける。


「ノインちゃん、久しぶり」

「……あっ、メルさん」


 その声で、初めてメルの存在に気付いた様子のノインは、どうにか愛想笑いを浮かべる。


「ノインちゃん……」


 てっきり笑顔での感動の再会ができると思っていたメルは、周りを見て彼女が一人であることに気付く。


「何かあったの? それに、フェーちゃんの姿が見えないみたいだけど……」

「フェーちゃん……」


 フェーの名前を出した途端、ノインは顔を今にも泣きそうに歪ませる。


「わわわ、ど、どうしたの?」


 全く予期していなかったリアクションに、メルは思わずノインへと駆け寄って彼女の肩を抱く。


「もしかして、フェーちゃんに何かあったの?」

「メルさん……私……フェーちゃんのママ失格です」


 そう言ったメルは、ぼろぼろと大粒の涙を零しながら泣き始めた。



 店先で泣き続けると迷惑をかけてしまうので、メルは泣き続けるノインを宥めながら近くにある広場へと移動した。


 広場の中央にある噴水の縁にノインを座らせたメルは、途中で買ったオレンジを絞ったジュースを差し出す。


「大丈夫? よかったらこれでも飲んで」

「あ、ありがとうございます」


 泣き腫らした目で木の実の殻を使ったカップを受け取ったノインは、ゆっくりと口を付けてジュースを飲む。


「はふぅ……」


 程よい酸味とスッキリした喉腰、そして飲み終えた後の爽快感に、ノインは大きく息を吐いて儚げに笑う。


「すみません、ご迷惑をおかけしました」

「ううん、全然気にしてないよ……」


 ゆっくりとかぶりを振ったメルは、果たして踏み込んでいいものかと逡巡するが、


「メル」


 そんな彼女に、優しい姉から頼もしい声がかかる。


「ここは躊躇う場面じゃない」

「ルー姉」

「友達が泣いているんだ。だったら、その涙を止めてあげるのが本当の友達」

「……うん、そうだね」


 しかと頷いてみせたメルは、今度こそノインの目を真っ直ぐ見据えて問いかける。


「ノインちゃん、何があったのか話してくれるかな?」

「メルさん……でも」

「ボクはノインちゃんが、フェーちゃんのママ失格だなんて全く思っていないよ。むしろ、誰がそんな酷いこと言ったのさ」

「……ありがとうございます。でも、私がママ失格なのは本当のことです」


 ノインは再び項垂れると、ぽつぽつと何があったのかを話し出す。



 ノインの旅の目的は、フェーことフエゴ様と呼ばれる彼女の土地で、神と崇められている鳥を、聖王都エーリアスまで送り届けることだった。


 フエゴは成体になると特別な卵を産み、新たな地へと旅立つのだが、その神聖な卵をエーリアスの王に献上することで、ノインたちの村は様々な援助を受けているという。


「今回もフェーちゃんが成体になる頃を見計らって村を出たのですが……」

「まだ成体にならないんだ?」

「はい、ハイネおじさまが言うには、フェーちゃんは太り過ぎているのがよくないと、だから……」


 そこまで言ったところで、ノインは再び両眼を覆って静かに泣き始めてしまう。


 どうやらフェーはもう何日も水しか与えてもらえず、ノインがいくら申し出ても誰もまともに相手にしてくれず、だったらせめて大好物だったジュースだけであげられたらと、彼女は叔父たちの目を盗んで街までやって来たのだった。


「ですが、ようやくフェーちゃんの好物のアポルを見つけたと思ったのに、まさかあんなに高いなんて……」


 そう言ってノインは、自分の全財産だという小さな巾着を開く。

 その中には銀貨が三枚と銅貨が数枚入っているだけで、とてもじゃないがアポルのジュースは買えそうにない。


「辛そうに泣いているフェーちゃんを助けたくて来たのに、何もできないなんて……やっぱり私は」

「そんなことない!」


 また否定の言葉を重ねそうになるノインを、メルは大きな声で遮り、手を伸ばして彼女を抱き寄せる。


「ノインちゃんは一生懸命にやってるよ。フェーちゃんはノインちゃんがママで幸せだったのは間違いないよ」

「でも、私の力ではどうにも……」

「だったらボクたちを頼ってよ!」


 メルはノインの深い紺色の髪の毛を優しく撫でながら話す。


「ノインちゃんの周りの人がダメなら、ボクたちを頼ってよ」

「でも、そんなこといいんでしょうか?」

「いいんだよ。だって、ボクたち友達でしょ?」

「トモ……ダチ」

「そうだよ。ボクはずっとノインちゃんのことを友達だと思ってたけど、ノインちゃんはそう思ってくれてなかったの?」

「そんなこと……そんなことないです!」


 メルから離れて顔を上げたノインは、激しくかぶりを左右に振る。


「私にとってメルさんとルーさんは大切な友達です。かけがえのない……とても大切な友達です」

「だったら、言うことはわかってるでしょ?」


 その問いかけにこっくり頷いたノインは、メルとルーの目を見て必死の形相で懇願する。


「お願いいたします。どうかフェーちゃんを助けて下さい」

「勿論」

「任せて」


 友達からの助けを求める声に、メルとルーは力強く頷いてみせた。

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