第32話 街ぶらりの途中で
酒場の手伝いはランチタイムのみなので、午後は自由になったメルたちは、ここ最近の日課となっている市場へと出かけていた。
目的はまだ見ぬおいしいもの探し、エーリアスには各地から色んなものが集まるので、治験を広げるにはもってこいであった。
市場周辺には、定まった店舗を持たない天幕を張っただけの露店も多数あり、既に一通りの店舗を見て回ったメルたちは、主に外部の者が営業している露店をはしごしていた。
「ルー姉、何か面白いものあった?」
「見た限り、まだ食べたことがないような肉はないね」
「もう、肉以外にも探してよね」
基本的に肉にしか興味がないルーに呆れながらも、メルは一つ一つ丹念に露店を覗いていく。
何処か遠い国の民族衣装に、不思議な色で光る宝石、鼻が曲がりそうなほど臭いのに、何故か病み付きになる者が後を絶たないという不思議な香油等、各地の珍しいものが数多く並んではいるが、肝心の食材はあまり多くない。
その理由は食品を長期保存するための冷蔵施設がないからで、氷冷魔法による専用の道具はあるにはあるが、商売で使うには不向きで、あるのは干し肉や調味料の類といった常温でも長期保存が可能な品が殆どだった。
「う~ん、やっぱり露店で探すのは難しいかな」
目ぼしいものは見つかりそうにないので、せめて香辛料か調味料でも買って帰ろうかと思っていると、
「さあさあ、このエーリアスに出るのは珍しいウィンディア地方の特産品、アポルのジュースだよ」
「ん?」
大きな声で特産品の呼び込みをしている店主に気付いたメルは、何事かと呼び込みをしている男性店主へと近付く。
「こんにちは、何かおいしいジュースを売ってるって聞こえたんですけど……」
「おおっ、いらっしゃいお嬢ちゃん。見てくれよ、こいつはちょっと凄いぜ」
そう言ってニヤリと笑った男性店主は、蓋の付いた陶器でできた壺を掲げる。
「この中には、俺の故郷で大人気の果物、アポルのジュースが入っているんだ」
「入ってるって……何も見えないんですけど」
「まあ、そうなんだけどよ。これにはある理由があるわけよ」
中身がちゃんと入っているのを証明するように、壺を軽く振ってチャポチャポと音を立ててみせた男性店主は、どうしてこの瓶にジュースを入れたかを話す。
「実はアポルは、おいしく食べられる時間がとても短いんだ」
男性店主によると、アポルの実の賞味期限は取れてから半日ほどで、それが過ぎるとみるみる風味が失われておいしくなくなるという。
「本当はアポルの実を持って来たいんだけど、おいしく食べられる期間が短すぎる所為で、運ぶ時は氷漬けにするか、果汁を冷却魔法のかかった壺に入れて運ぶんだ」
「それじゃあ、その壺に魔法が?」
「その通り、と言ってもそれを証明するには鑑定魔法を使える人に頼るしかないけどな」
「大丈夫ですよ」
男性店主の言葉を遮り、メルは自分の目を指差す。
「その壺には間違いなく冷却魔法がかかっているのが見えていますから」
「そ、そうか……そういやお嬢ちゃんのその格好、巡礼の魔法使いか?」
「はい、メルと言います……それより、そのジュースいくらですか?」
「これかい? これは壺も買ってもらう前提だから値段はかなり高いぜ」
そう言ってニヤリと笑った男性店主は、指を三本立てる。
「巡礼中のお嬢ちゃんなら負けに負けて、金貨三十枚だ」
「高っ!? 魔導機関車の二等客車の値段より高いじゃないですか!」
「仕方ないだろ。これ一個用意するのに、いくらかかったと思ってるんだ」
ふてくされたように唇を尖らせる男性店主は、それが庶民では全く手が出せない金額であることを知っているようだった。
「でも、いいんだよ。味と品質には自信があるし、貴族様ならこれくらいなら出してくれる人もいるからさ」
「ぐぬぬ……」
買ってもらわなくても構わない。そんな男性店主の態度に、メルは悔しそうに歯噛みする。
手持ちの予算的に手が出ない金額ではない。
だが、たった数杯のジュースのために出せる金額ではとてもないし、払ってしまえば手持ちのお金は明日も食事に困るようなほんの僅かしか残らない。
まだ旅は始まったばかりであることを加味しても、とても買える代物ではなかった。
「それでお嬢ちゃん、どうするんだ。買うのか?」
「ううぅ……残念ですけど諦めます」
新商品や限定商品という言葉に弱いメルとしては、口惜しいが諦めるしかなかった。
後ろ髪を引かれる想いではあるが、そのまま引き下がろうとするが、
「あ、あの、ここにアポルがあるって聞いたんですけど本当ですか?」
「ん?」
切羽詰まった様子のソプラノボイスが聞こえ、既視感を覚えたメルは後ろを振り返る。
「あっ……」
そこにいたのは、一緒の魔導機関車に乗ってエーリアスまでやって来た少女、ノインだった。
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