第20話 大輪の華を召し上がれ

「これが……」


 普通に三枚おろしをした時と比べると若干小さくなってしまってはいるが、それでも念願のフクフクの完全無毒化された切り身を前に、ジャッドは震える手を伸ばす。



 すると、


「その様子だと、できたのか?」


 調度いいタイミングでジャッドの父親が現れる。


「お、親父……どうしてここに?」

「こちらの嬢ちゃんたちが、フクフクの無毒化はすぐだから急げって言うからさ」


 そう言ってジャッドの父親が背後を顎で示すと、彼を呼んで来たルーとノインの二人がメルに向かって手を振る。


「メル、その様子だと上手くいったんだね」

「うん、やっぱり神経締めで正解だったよ」


 駆け寄って来たルーとハイタッチを交わしたメルは、興味深そうにフクフクの切り身を見ているジャッドたち親子に話しかける。


「せっかくですからそのフクフク、最高においしい食べ方をしてみませんか?」

「最高に……」

「おいしい食べ方?」

「はい、ボクの……パパの国ではおいしい魚はこれで食べるのが一番なんです」


 そう言ってメルは昨日の夜、バーベキューの時にも使った煮切り醤油を取り出した。



「……できました」


 作業を終えたメルは、大きく息を吐いて布巾で包丁についた油を丁寧に拭き取る。


「フッ、久しぶりに素材と熱く語り合ってしまった」


 満足そうな顔をするメルの前に置かれた大皿には、大輪の花が咲いていた。


 あれからメルが行ったフクフクの無毒化での捌き方を学ぶため、ジャッドたち親子が捌いた魚を、メルが次々と刺身にして盛り付けていった。


 都合、十匹近いフクフクのサクを全て刺身にすることで、直径二十センチほどの大皿いっぱいの刺身の花を咲かせたのであった。


「わぁ、凄いです!」

「綺麗ね」


 大皿に咲いた見事な白身のバラを見て、ノインとラーナが目をキラキラと輝かせる。


「お魚ってこんなに綺麗に盛り付けできるんですね」

「うん、料理は見た目も大事だからね。まずはこうして目で楽しんでもらえれば、料理への期待値も上がって、よりおいしく感じでしょ?」

「そうですね。もう、既においしいとしか思えないです」

「これってこのまま食べるんだよね? どんな味がするんだろう」


 コクコクと頷くノインに続くように、ラーナも期待に胸を膨らませる。


「それよりメル、問題は味」


 素直に感動するノインたちとは打って変わり、ルーはまじまじと大皿に目を向けながらメルに真剣な顔で問いかける。


「一番の功績はメルなんだから、早く食べて皆にも食べる機会を回して」

「えっ? ボ、ボクが最初でいいの?」


 思わず聞き返すメルに、この場にいる全員が揃って頷く。


 誰もが一刻も早く無毒化したフクフクを食べたいと思っていたが、それでもここはメルに譲るのが筋だと考えていた。


「じゃ、じゃあ、失礼して……」


 メルは箸でフクフクの刺身を一つ摘まぬと、煮切り醤油を少し付けて頬張る。


 最初に、刺身をおいしく食べるために作られた煮切り醤油の香りがフワッと広がり、身に歯を立てると、殆ど抵抗もなく簡単に噛み切れる。


「――っ!?」


 その瞬間、メルの目がカッ、と大きく見開かれる。


 フクフクの身が口の中で解けた途端、火を通していないにも拘わらず、煮切り醤油に負けないほどのしっかりとした白身魚の味が口の中に広がる。


 さらにそこで、メルの口の中でフクフクの味に変化が訪れる。


 嚙み締めるほどにフクフクの身の中から新たな味が生み出され、それを一言で言い表すなら……、


「あま~い!」


 メルは頬が落ちないように手で支えると、幸せそうに笑いながら話す。


「壺漬けがかなり辛口に味付けされていたからわからなかったけど、フクフクってとっても甘いんだね。それに口の中で蕩けちゃうほど油がたっぷり乗っているのに、後味が凄いさっぱりしていていくらでも食べられちゃう。あっ、甘いといってもお菓子とかの甘さじゃないよ? これはきっと甘味を呈する遊離アミノ酸が……」

「メ、メルさん?」


 フクフクの刺身を手に、ベラベラと捲し立てるメルを見て、ノインが若干引き気味な様子でルーへ質問する。


「あ、あの、ルーさん。メルさん、どうしちゃったんですか?」

「メルはとびきりおいしいものを食べると、そのおいしさを他者に伝えなきゃと物凄く饒舌になるんだけど……その殆どは何言ってるのか全然わからない」

「そ、そうなんですか?」

「うん……でも、とりあえずどれだけおいしいかは、頭のアホ毛の揺れ具合でわかる」

「ア、アホ毛?」


 メルのイメージからは想像も付かない単語の登場に、ノインは戸惑いながらも彼女の髪へと目を向ける。


「これはきっとグリシンやアラニン、プロリンといったアミノ酸が……」

「あっ……」


 相変わらずメルが何を言っているのか意味不明であったが、彼女の頭の頭頂部にちょこんと飛び出た黒い髪の毛が激しく揺れているのが見て取れた。


「……なるほど」

「そういうこと、毒の心配はなさそうだし私たちもいただこう」


 メルはこのまま放っておいても大丈夫だと言い捨て、ルーは大皿へと手を伸ばす。


 豪快に二切れまとめて箸で掬ったルーは、豪快に煮切り醤油を付けて大口を開けて一気に頬張る。


「…………むふ~、甘くておいひい」


 メルに続き、ルーも自分の頬が落ちないように手で支えながらだらしなく笑う。


「あ、あのルーさんが……」

「おいしさは人の本性をさらけ出すと言うけど、本当みたいね」


 クールな雰囲気のルーの初めて見る顔に、ノインとラーナは揃ってゴクリと喉を鳴らす。


「生でお魚食べるのは初めてだけど……」

「あの二人の幸せそうな顔を見ちゃったらね」


 魚の生食という未知への体験に対する恐怖などどこ吹く風、ノインとラーナは互いに顔を見合わせて頷き合うと、箸は使えないのでフォークを手にしてフクフクの刺身に突き刺し、メルたちに倣って食べていく。


「――っ、うまっ!」

「このソースもおいしいけど、それ以上に……えっ? こんなに甘いの!?」


 そこから先は、正に修羅場で合った。

 ジャッドたち親子も試食に加わると、誰もが我先にと刺身へと手を伸ばす。


 大皿いっぱいのフクフクの刺身が消えるのは時間の問題であった。

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