第21話 新たな発展、新たな課題

「「「かんぱ~い!」」」


 景気のいい掛け声と共にチン、と小気味のいいグラスがぶつかる音が響く。


「ん……ん……ぷはぁっ、ああ、生き返る」


 グラスに入った真っ赤なワインを一気に飲み干したルーは、口の端から漏れた赤い液体を豪快に手で拭いながらニヤリと笑う。


「やはり一仕事終えた後の一杯は最高」

「一仕事終えた後の一杯って……今回はルー姉、殆ど何もしていないじゃない」

「大丈夫、殆どどころか何もしていない」

「……その自覚があるなら、少しはお酒を控えてよ」


 メルは呆れたように嘆息すると、腰かけていた椅子から立ち上がって、火にかけていた鍋の様子を見に行く。



 時刻は既に陽が暮れ、空に無数の星が瞬く時刻となっていた。


 夕暮れ時に魔導機関車に戻ると、駅員から修理が完了したので翌日には出発するという旨を伝えられたので、昨夜に続いて夕食を食べにラクス湖のほとりまでやって来た。


 昨日、ルーが作った竈をそのまま再利用して、ラクス村の魚介をふんだんに使った料理を作ったメルは、鍋の蓋を開けて中から溢れ出てきた匂いを嗅いで双眸を細める。


「う~ん、いい匂い……うん、おいしい」


 攪拌しながら味見をして大きく頷いたメルは、深い皿に鍋の中身を盛りつけすると、ウキウキと軽い足取りで皆に配膳していく。


「お待たせ、今日の夕飯はトマトと魚介たっぷりのブイヤベースだよ」

「わあ、いい匂い……いただきます」


 具沢山の赤いスープを受け取ったノインは、スプーンいっぱいに掬って大口を開けて頬張る。


「はふっ、はふっ……」


 しっかり冷まさなかったからか、必死に口をパクパクさせるノインであったが、その顔にはしっかりと笑顔が零れていた。


「あはっ、とってもおいしいです」


 貝やエビから取れた濃厚な出汁と、トマトの酸味が一体となったスープは潮の塩梅も絶妙で、辛いものが苦手なノインでも手が止まらなくなるほどの旨味で溢れていた。


「フフッ、喜んでもらえて何よりだよ」


 ガツガツとブイヤベースを食べて行くノインを見て、メルは嬉しそうに笑顔を零す。


 すると、


「メル、私たちも早く」

「ピピッ!」

「はいはい、わかってますよ」


 おあずけ状態となっていたルーたちからの非難の声に、メルは苦笑しながら皆の分のブイヤベースを配膳していった。



 メルが作ったブイヤベースはかなりの量であったが、そのおいしさもあって全員の胃袋に消えるのは時間の問題であった。


「……ふぅ、ごちそうさまでした」


 すっかり空になった深皿を名残惜しそうに見ながら、ノインが思ったことを口にする。


「こんなおいしいお魚がたくさん獲れるラクス村も、これから先もっと忙しくなりますね」

「うん?」

「えっ? だってそうじゃないですか」


 よく理解していない様子のメルに、ノインは熱の籠った瞳で熱弁する。


「フクフクを無毒化しての捌きに成功したのですから、これからたくさんの人がフクフクを食べに押し寄せるんじゃないんですか?」

「ああ、うん……それね……」


 熱狂するノインとは対照的に、メルは気まずそうに苦笑いを浮かべる。


「あのフクフクを皆が気軽に食べられるようになるには、最低でも三年はかかるんじゃないかな?」

「えっ?」

「実はね、こうやってお店で気軽にご飯を食べられることって、そんなに簡単な話じゃないんだ」


 困惑するノインに、メルはどうしてフクフクが簡単に商品化できないかを話す。


「まず何より大事なのは、フクフクを無毒化して捌くのを完全にできないとね」


 刺身を試食した後、残ったフクフクをジャッド親子たちが捌いていったが、メルの魔法によるサポートがあって七割、ないと二割も無毒化には成功しなかった。


「ボクの魔法の方はラーナさんに教えたから問題ないと思うけど、商品としてお客様の口に入る以上、万が一なんてあっちゃいけないからね」

「でも、ラーナさんがいれば、万が一毒にあたったとしても……」

「ダメだよ。それに、問題はそれだけじゃないんだ」


 皆が使った食器を魔法で洗いながら、メルは真剣な顔で話を続ける。


「もし、明日から無毒化したフクフクを商品化したらどうなると思う?」

「ど、どうって……お客さんがたくさん来る?」

「そうだね。でも、きっとそれ以上に近いうちにフクフクの毒に犯される人がたくさん出て、街中が大混乱に陥ると思うんだ」

「ええっ!? なぜですか?」

「それはね、フクフクを食べる時のルールがはっきりしていないからだよ」


 メル曰く、もし明日からフクフクを商品化した場合、最初はその美味さに人々は酔いしれるが、客の数が多くなり、捌かなければならない数が多くなると、精度の関係で毒にあたる人が少なからず出てくる。


「でも、問題はそこじゃなくて、早くフクフクを食べたいと思う人が、ジャッドさんたちじゃない、他の神経締めができない人が捌いたフクフクを食べたら?」

「そ、そんなこと……」

「あるよ。おじさまの店が混んでいて何時間も待たなきゃいけないとわかった後、自分のところならすぐに食べられると言われたら、何も知らない観光客なら付いていっちゃうでしょ?」

「それは……そうかも?」

「でしょ? だからまずはフクフクを完璧に捌ける人をジャッドさんたち以外にも何人か育成して、決まったお店でしか食べられないようにするんだ」


 他にも、フクフクをラーナ以外のサポート要員の用意や、何かあった場合のホットラインの設営、他にもルールを破った者や、もぐりの業者が現れないための処置などが必要と説明していく。


「そんなわけでフクフクみたいな食材は、皆が安全に食べられるようにいくつもの防衛線を張っておかなきゃいけないの」

「はぁ……大変なんですね」

「そうだね。まあ、その辺は今後のラクス村の皆が考えることだから、ボクたちは深く考えないでその日が来ることをのんびり待っていよう」

「そう……ですね。当事者以外の人が口を挟む問題じゃないですものね」

「うん?」


 何処か含みのある、憂いを帯びた表情で話すノインに、メルは少し引っ掛かりを覚えるが、


「メルさん、今日もおいしいごはんありがとうございました。お片付け、私にも手伝わせてください」

「あっ、うん……じゃあ、お願いしようかな」


 すぐに気を取り直した様子のノインを見て、メルは下手に突っ込むのは無粋であると考え、それ以上は余計な詮索はせずに彼女と一緒に片付けをしていった。

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