第13話 迷える若人

 ノインは辛い食べ物が苦手だった。

 その事実を聞いたメルは、両手を合わせてノインに平謝りするしかなかった。


「ノインちゃん、本当にごめんね」

「い、いえ、気にしないで下さい」


 大量の水を飲んで一息ついたノインは、まだ舌が痺れているのか赤い舌をペロリと出して「ヒーッ、ヒーッ」と呼吸を繰り返す。


「……はふぅ、それに私は辛いのダメですが、フェーちゃんは好きなんです」


 ノインが机の上に目を向けると、フクフクの身をくちばしで突いていたフェーが「ピッ!」と嬉しそうに鳴いて応える。


 余程気に入ったのか、一心不乱にフクフクの身を食べ続けるフェーを見て、メルが心配そうに尋ねる。


「……辛いの平気って言うけど、本当なの?」

「はい、どうやら鳥って辛みを感じないそうなんです。後、こう見えてフェーちゃんは雑食で割と何でも食べられます」

「まあ、確かに唐辛子とかは、鳥に運んでもらうために辛くなったって聞いたような気がするけど……」


 それでもフクフクの壺漬けには複雑な味付けがされているので、こんな子供の鳥に与えていいものかとメルは思う。


「……まあ、大丈夫か」


 食べているフェーが幸せそうなのと、親代わりのノインが問題ないと判断しているのであれば、自分がとやかく言うことではないだろうと判断する。



 その後、追加の白ワインが飲みたいというルーをどうにか諫め、代わりにお詫びの意味も込めて頼んだ湖の魚のオイル漬けをノインと一緒に堪能していると、


「いい加減にしろ! 何度来ても駄目なものは駄目だ!」


 外から店主の怒鳴り声が聞こえ、メルとルーは顔を見合わせる。


「……何だろう?」

「荒事になりそうな気配はないけど……メルは気になるみたいだね」

「うん、ちょっと行ってみるよ」


 メルは小魚のオイル漬けを一気に頬張ると、行儀が悪いと思いつつも口をもごもごと咀嚼しながら店の外へと駆けていった。




 メルが外へと出ると、まだ店主たちの口論は続いていた。


「何度も言うが、お前は伝統を軽んじ過ぎるぞ! そんなことできるわけないだろう!」

「やる前から決め付けるなよ! 俺はただ、新しい可能性を試したいだけなんだ!」


 店主と言い争っているのは、彼とよく似た顔立ちの青年だった。


 髪の毛を短く切り揃えている店主とは違い、若者らしく伸ばして後ろで縛っている様は、一見すると些か軽薄そうに見える。

 だが、真っ黒に日焼けし、鍛えられた腕とゴツゴツの指が、彼が仕事に真摯に取り組む好青年であることを示していた。


「…………おじさまのお子さんかな?」


 背格好から成人はしていると思われる男性を見たメルは、そそくさと二人へと歩み寄って声をかける。


「すみません、何かありました?」

「あ? お、お嬢ちゃんか……すまない。うるさかったな」

「いえいえ、それよりそちらはおじさまのお子さんですか?」

「あ、ああ……こいつは恥ずかしいところ見られちゃったな」


 まさかメルが話しかけてくるとは思っていなかった店主は、後頭部を掻きながらバツが悪そうな顔をする。


「お嬢ちゃんが気にすることはないよ。別に殴り合いをするつもりはないからよ」

「ハハハ、その時はボクが穏便に解決してあげますよ」


 メルは自分が来ている白いローブを指差しながら、得意気に笑う。


「ご覧の通りボク、巡礼の魔法使いなので人助けはお手の物です」

「お、おう、そいつは気を付けなきゃいけねぇな」


 メルが言う人助けが、魔法を使ったものであると店主は悟り、額に冷や汗を浮かべる。


 店主がおとなしくなったのを見たメルは、その隙を突いて店主の息子へと声をかける。


「それで、お兄さんはおじさまと何があったのですか? もしかして、恋人と付き合うのを反対されているとか?」

「……そんな甘い話だったら苦労はしねぇよ」


 身内の恥を晒すつもりはないのか、店主の息子は大袈裟に嘆息するとメルたちに背を向けて歩き出す。

 トボトボと肩を落として歩く様は、不貞腐れた子供そのものであった。


「あっ……」


 その途中、店主の息子の腰のポーチから何かが落ちたのを見て、メルが駆け寄って落し物を拾う。


「あの、何か落ちましたよ?」

「ああん?」


 声をかけられた店主の息子は、ちらと後ろを振り返るが、


「いらねぇよ。捨てておいてくれ……後、間違っても食うんじゃないぞ」


 吐き捨てるようにそう言うと、今度こそ振り返らずに立ち去っていった。

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