第11話 名物は毒魚!?

 そうしてやって来たのは、目抜き通りから少し入ったところにある一軒の店だった。


 可愛らしいまん丸の魚の看板を掲げた店は、どうやら魚料理をメインに出す店のようだった。


「……可愛い、まるでフェーちゃんみたい」

「ピピッ!」


 球体の魚を見て感想を漏らすノインに、彼女の手の中のフェーが遺憾そうに羽根をバタバタさせる。


「ピピッ、ピーッ!」

「フフッ、冗談よ。フェーちゃんの方が可愛いから」


 抗議するフェーを、ノインは慣れた様子で宥めながらメルに尋ねる。


「メルさん、このお店ではどんな魚が食べられるのですか?」

「ここはね『フクフク』っていう、ラクス湖でしか取れない魚が食べられる店だよ」

「フクフク……何だか可愛らしい名前のお魚ですね」

「うん、名前もさることながら、見た目も面白いんだよ。そして一番の特徴はね……」


 メルは少しもったいぶるように溜めを作ると、ニヤリと笑ってフクフクの特徴を話す。


「食べると死んじゃうくらいの強い毒を持っているんだよ」

「…………えっ?」


 毒という単語に、ノインの笑顔が凍り付いた。



 笑顔を貼り付けたままのノインの背中を押しながら、メルは軽い足取りで料理店へと入って行く。


「こんにちは~」

「はいよ……おや、これは可愛らしいお嬢さん方だ」


 メルたちが店内に入ると、中で仕込みをやっていた日焼けをした中年の店主が笑顔を見せる。


「いらっしゃい、お食事かな?」

「はい、フクフクの壺漬けなんですけどありますか?」

「おおっ、若いのにアレを食べたいとは感心だね。待ってな、今ちょっと仕込みをやってるからさ」

「わぁ、その仕込み、ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「いいけど、面白いもんじゃねぇぞ?」

「いえいえ、こんな貴重な機会、滅多にないですから」

「……そうかい、なら好きにしな」


 目を爛々と輝かせ、食い入るように見入るメルを見て、店主は苦笑を漏らして仕事へと戻る。


「ところでおじさま、それがフクフクですか?」

「そうだよ……っておじさま何て言われると照れちまうな」


 店主は照れたようにはにかむと、氷水を張った桶から手の平より一回り大きいまん丸の魚を取り出してみせる。


「こいつがフクフクだ。どうだ、見た目は可愛いだろう」

「本当ですね。こんなに愛らしいのに毒があるんですね?」

「そうだ。このまん丸の腹の中にうまい肉と、とんでもない毒が入っているんだぜ」


 店主はニヤリと笑ってみせると、既に血抜きをしてあるという緑がかった黒と白色をした綺麗な球状のフクフクをまな板の上に置く。


「よっと」


 フクフクの側面のえらの隙間から包丁を入れて一気に頭を落とした店主は、慣れた手つきで腹を割いて内臓を取り出し、そのまま皮を剥いでいく。


「フクフクは主にこの皮と、肝に毒が入っているんだ。こいつを除いて後は綺麗に血を抜けばそう簡単に死にはしないよ……まあ、それでもたまに死にそうな目に遭う奴はいるけどな」

「ええっ!? それって大丈夫なんですか?」

「大丈夫だって被害者が出るのは数年に一人ぐらいだから。それにこの村には、聖王都から優秀なシスターが派遣されてるから、万が一が起きても命の心配はしなくていいぜ」


 何て本気なのか冗談なのかわからないことを言いながら、店主は内臓を取ったフクフクの内部を水で綺麗に洗うと、内臓を取り出して空いた穴に次々と草を入れていく。


「それは何ですか?」

「これは薬草と毒消し草、それと香草を混ぜたものだよ。フクフクは血にも毒があるからな。こうして徹底的に毒を抜いていくんだ」

「へぇ……」


 店主はフクフクのお腹の中にパンパンになるまで草を詰めると、それを何やら黒い液体が入った壺の中へと放り込む。


「こいつは魚醬と野菜、そして香辛料を混ぜて作った秘伝のたれだ。こうして壺の中で旨味を熟成させていくんだ」

「完成まではどれくらいなんですか?」

「三日は漬け込むな。その間に毒気を含んだ水が上澄みで出てくるから取り除き、途中で何度かたれを取り換え、ゆっくり味を染み込ませていくんだ」

「それは……大変ですね」


 壺の中を覗き込むと、かなりの量のたれが見える。

 これを何度か取り換えると言うのだから、フクフクの毒を抜くという作業がいかに大変なのかを伺える。


 それだけの手間と暇、そして大量の材料を消費するということは……、


「というわけでお嬢ちゃんたち、フクフクの壺漬けは決して安くないけど大丈夫かい?」

「はい、問題ないです」


 魚としてはかなり高価な値段を提示されたが、メルは全く動じることなく三人分の壺漬けを注文した。

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