第二章 毒の魚にご用心

第10話 湖のある村へ

 食堂から貰ってきたパンとサラダ、そしてノイン特製のスクランブルエッグ、こんがりと焼かれた腸詰めを堪能したメルたちは、食後の一杯で一息ついていた。


 すると、


「お客様」


 部屋の入口が控え目にノックされ、静かな声が聞こえる。


「お休みのところ申し訳ございません。少しお時間をいただけますでしょうか?」

「あっ、は~い」


 声の様子から、この部屋の世話をしてくれる女性の乗務員だと気付いたメルは、入口まで駆けていって扉を開ける。


「どうしました?」

「はい、まずはお客様にご迷惑をおかけすることをお詫びさせて下さい」

「……えっ」


 深々と頭を下げて謝罪した乗務員は、魔導機関車に起きている問題について話していった。



 山間の大きな湖のほとりにある駅に魔導機関車が停車すると、十二ある車輪から大量の蒸気が噴き出す。


 同時に、駅で待機していた作業員たちが魔導機関車へと取り付いて作業を開始する。


「はぁ……なるほどね」


 プラットフォームへと降りたメルは、忙しなく動き回る作業員たちの様子を見ながら、乗務員から聞いた話を思い出す。


「魔導機関車って思った以上にデリケートな乗り物なんだね」


 乗務員によると、強盗たちが乗り込む時に使った網上の罠が原因で車輪に不具合が起きた様で、この山間の駅『ラクス村』で数日かけてしっかり点検するとのことだった。


 予定では二、三日ほどで点検は済むとのことだったが、特に急ぐ旅路ではないメルたちは問題なかった。


 むしろ問題なのは……、


「ノインちゃんは、聖王都に行くのが遅れても大丈夫?」

「はい、大丈夫……だと思います」


 胸に抱いたフェーの頭を撫でながら、ノインは微笑を浮かべる。


「時間にはある程度余裕を持ってきましたので、少しの遅れなら問題ないです」

「そう、でも本当に時間がないと思ったら言ってね」

「あっ、は、はい……」


 魔導機関車が動かない以上はどうにもならないと思いつつも、ノインは静かに頷く。


「ところでメルさん、予定が変わってしまいましたが今日はどうするのですか?」

「そう……だね」


 魔導機関車から出てきた乗客たちが、村の方へ消えて行くのを見たメルは、そちらの方を指差しながら話す。


「とりあえずボクたちも村に行って、観光でもしようか?」


 その意見に反対意見が出るはずもなく、三人と一羽は軽く身支度をしてラクス村へと向かって行った。




 簡素な駅舎が一つあるだけの駅から外へ出ると、土を固めただけの地面と、木造平屋の建物が並ぶ長閑な光景が広がっていた。


 駅舎前の広場には観光客を迎えるための施設もいくつかあり、既に何人かの魔導機関車の乗客がカフェのテラス席でくつろいでいる姿が見て取れる。

 数日はこの村で滞在することになるので、メルたちは一先ず村の中を満遍なく歩いてみることにした。


 村の中は大きな馬車でもすれ違えるほどに広い目抜き通りに、湖で取れたであろう色とりどりの魚や水産物を売っている店が並んでいる。

 店には旅行客や地元の人が押し寄せており、店からは店主の者と思われる威勢のいい声が聞こえていた。


「わぁ、活気があっていい村ですね」

「うん、ラクス村は、村の名前となっているラクス湖を中心に栄えた村なんだよ」


 左右に並ぶ店を興味深そうに眺めるノインに、少し遅れてやって来たメルが賑やかな様子を見ながら村の説明をする。


「見ての通り、ラクス村は周囲を山に囲まれており決して恵まれた環境ではないけど、それでもここには何世代も前から人が住み続け、今もこうして旅人が後を絶たないんだって」

「それって……それだけの理由がここにあるからですか?」

「そこに気付くとは流石だね」


 よくできた生徒のノインに、メルはウインクをして彼方に見えるラクス湖を指差す。


「あの湖には他にはいない固有種の魚が何種かいて、鮮度の関係からここでしか味わえないんだって。だから、世界中から珍しい魚を味わいに人が集まるんだってさ」

「へぇ……メルさん。詳しいんですね?」

「まあね、ボクにとっても最初の巡礼地で立ち寄る場所だからね。下調べは念入りにしたものさ」


 そう言ってメルは、手にしていた地図を取り出して広げる。


「メルさん、それは?」

「これは近くのおいしいお店を描いたものだよ。さっき駅舎によって駅員さんに聞いてきたんだ」

「えっ、い、いつの間に……」


 ほんの僅かな時間で、駅員にオススメの店を聞いてメモを取って来るメルの行動力に驚きながら、ノインはおそるおそる尋ねる。


「あ、あの、メルさんもしかして今から?」

「うん、せっかくだからここでしか食べられない魚、食べに行かない?」


 つい先程朝食を食べたばかりなのに?


 そう思うノインであったが、輝くようなメルの笑顔と、既にお腹空いたような表情のルーを見たら断ることもできず、二人の後についていくつかあるオススメの店の一つへと向かった。

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