帝位を巡る出世
「…………」
カイとスティーブはあまりにも自分たちと関係のないことを言われて絶句した。
「……陛下って事はお兄様じゃないんですよね?」
かろうじてスティーブが常識的な応対をした。
「兄ではありません」
ルティネイツはスティーブに丁寧口調で答えた。
ルブラニア連邦には七つの国がありそのそれぞれに君主が居るが、陛下という尊称が許されるのはルブラニア帝国皇帝のみである。他六国の君主に対する尊称は殿下だ。つまり雲の上の更に上におわす御方が病気だと言われたのだ。反応のしようがない。
「…………」
また二人は黙ってしまった。意味が判らない。
「つまりだ」
ルティネイツはそう前置きして説明してくれた。
十六代皇帝カルファナック二世は現在66歳で在位三十年以上になる。前回がかなり昔になるのでピンと来ないかも知れないが、皇帝は世襲制ではなく他六王から選出されるのだ。つまり次期皇帝位を巡る政争が発生する可能性がある。
「つか生まれる前だなそうなると」
カイはぼそっと指摘した。
「ガキの頃の事なんか覚えてねえなあ」
スティーブも天井を見上げてそう言った。
「私も知らないが前回も苛烈だったらしい」
ルティネイツはそう言った。
「そこで私もマティニソンの眷属として防衛手段を講じなくてはならない」
ルティネイツはそう言った。
「そして目を付けたのがお前だ、カイ」
ルティネイツはそう言ってカイを見つめた。
「……いやあ、なんていうか……」
カイは戸惑いつつそう言った。
「嫌か?」
ルティネイツは真っ直ぐそう問うてきた。
「イヤってより、なんか、なあ?」
カイは咄嗟に言葉が出なかったのでスティーブに同意を求つつ話を振った。
「その騎士団は西方に駐屯してるんですよね?」
スティーブはまず彼が疑問に思った事を口にした。
「君は戦略視点に長けているな」
ルティネイツはスティーブをそう褒め称えた。
ルブラニア帝国は連邦の中心なのでここロードウェル王国の北東に位置する。なのでロードウェル王国の中でさらに西側にある騎士団を増強しても意味がないのでは?とスティーブは言ったのだ。
「その通りだ、だが政略的にはこれでいい」
ルティネイツはスティーブの指摘の正しさを認めつつも更に広い政略的視点で説明した。そもそも本当に武力衝突などあってはならない。いくら政争があり得るとはいえ同じ連邦内の王家同士なのだ。あくまで牽制に留めるべきだった。
「つまり張子の虎という意味ですか?」
スティーブはそう確認した。
「恐らく飾られているだけでは済まないがね」
ルティネイツはにやりとそう言った。
「戦いはしないが睨みつけには行く?」
カイも横から口を出した。
「それもあるが他の理由もある」
ルティネイツはカイを見てそう言った。
「他の理由?」
カイとスティーブは口を揃えては繰り返した。
「クラスフォート騎士団がいつまでも貴族の子弟のモラトリアム扱いでは困る」
ルティネイツはまた別の理由を持ち出した。
「なので彼らを鍛え直しつつ、その実績を以て他五国への牽制としたい」
ルティネイツはそう語った。
「誰と戦うんだよ?」
カイは当然の質問をした。
「盗賊、山賊、海賊、私兵団も落ち武者も居る」
ルティネイツは指折り数え上げた。
「そういう相手こそ本領だろう?」
ルティネイツはカイを見てにやりと笑った。
「……まあ……」
カイとスティーブは一瞬見つめ合ってそう言った。
「ただ俺は少佐だしスティーブは傭兵だぜ?」
カイは基本的な事を確認した。
「カイは過去の実績を鑑みて中佐への昇進は確実だと思って欲しい」
ルティネイツはさらりとそう言った。
「マジかよすげえな典務長」
カイは驚いてそう言った。
「ルイソン君は陸戦学校で研修して下士官かな」
ルティネイツはこれまたさらりと言った。
「さすが閣下」
スティーブも驚いてそう言った。
実はルティネイツはカイの実績を調べていくうちに悪い意味で驚いたのだ。五年半でこれほどの実績を上げているのに全く昇進がないとはどういう事だ。騎士団と陸軍の確執は当然知っているがあまりにも偏向的過ぎではないか、と。
「…………」
ルティネイツは無言でちらりとカイを見た。どうもこの男は偏向人事に踊らされる星の下に生まれているなと思った。本人に自覚はなさそうだが。
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