入団の打診

「カイ、彼の事は悪く思わないで欲しい」

クレスノフが退出するとルティネイツそう言った。


「彼は歴戦の勇者に会って些か緊張していたんだ。あれでも後方勤務専門だからな」

当人が退席してから弁護をするとはさすが典務長。


「もちろんだよ、俺だって緊張してるし」

カイは眉を上げてそう言った。


「ただ残念な事に彼との間にある緊張は解けないかも知れない。主に彼側の都合で」

カイは少し茶化し気味に本音を言い放った。


「……さて、本題だが」

ルティネイツは何かを言いかけたが、口ではカイに敵わないので本題を切り出した。


「クラスフォート騎士団は知っているな?」

ルティネイツはカイにそう問うた。


「もちろん」

カイは口をひん曲げて応じた。


「そこの指揮官の席がひとつ空いてな」

ルティネイツはそう言った。


「俺は貴族じゃねえしダンスも踊れねえよ?」

カイは実は結構真面目にそう答えた。


「それは昔の悪い冗談だ」

ルティネイツは眉をしかめてそう言った。


ロードウェル王国には三つの騎士団が存在する。ひとつはこの正義の審判騎士団ジャスティスジャッジメントで、これが王国最大の騎士団だ。他ふたつは小規模ながらそれぞれ東西を守る辺境騎士団である。クラスフォート騎士団は西域を管轄する辺境騎士団である。が、


「どうだかね」

カイはにへらとした顔でそう言った。


「まあ、武勇に長けているとは言えないが」

ルティネイツは苦しい表現を使った。


ロードウェル王国はルブラニア連邦の西側に位置する国で、その中でさらに西側には西ユーグリア海がある。この海の北方にはレイブランド共和国、南方にはファロンがありさらに竜巻トルネードの勢力圏でもある。本来なら決して油断はできないのだが、


「今は夏だしマリンスポーツかねえ?」

カイは小馬鹿にするようにそう言った。


「カイ」

さすがのルティネイツも旧友を少し窘めた。


「俺はバカにしてるんじゃないぜ」

カイはやや表情を改めてそう言った。


「誰も攻めてこない場所で真面目に哨戒しろって方が無理だよ。ああなって当然だ」

カイは半分真面目に言った。


そうなのである。確かに南北両方に敵性勢力があるとはいえ、北方はヨトゥニア王国というルブラニア連邦の国があり、南方にも同様にレストブルグ王国がある。さらに竜巻は敵性勢力ではない、どころか存在すらしない、という事になっているのだ。


「今まではともかくこれからは困る」

ルティネイツも真面目にそう言った。


「中央騎士団の典務長だからって辺境騎士団への過度な内部干渉は良くないぜ」

カイは常識的な事を言った。


「…………」

ルティネイツはカイの指摘には答えずに横目でちらりとスティーブを見た。


「カイ、彼は信用できるな?」

ルティネイツはカイにそう問うたが、


「いや、ルイソン君。君は信用できる男だな?」

しかし改めてスティーブ自身にそう問うた。


「俺を信用するかどうかは閣下の問題ですよ」

スティーブはにやりと笑ってそう言った。


「俺は学もなければ正規の軍人でもない」

スティーブはそう前置きした。


「今ここで俺が何をしてきたかなんて言ってもそれを証明する人間は誰も居ない」

スティーブの言葉は続く。


「だが只の傭兵である俺が今ここに居る。それをどう捉えるのかは閣下の問題です」

そう言ってスティーブは口角を釣り上げた。


「……失礼を申し上げた」

そう言ってルティネイツは頭を下げた。


「では、改めてだが他言無用で頼む」

ルティネイツはそう前置きした。


「陛下のご病状が芳しくない」

ルティネイツはやや小声でそう言った。

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