因縁の始まり
ルティネイツ・マティニソンは美丈夫ではあるが、その印象は美男子と言ったほうが適切だろう。身長はカイと同程度、現役の軍人なので当然普通以上の筋力はあるが、彼は筋肉が大きくならない体質なのか、一見では痩躯に見える。
如何にも貴公子然とした白皙の肌を持つ男で、顔立ちも整っている。だが全体的に線が細く軍人には見えない。言ってしまえば耽美的な外見で、薔薇とか月光とかがよく似合いそうでもある。特にその白目がちの切れ長の目が印象的だった。
カイはルティネイツの性格を良く知っている。彼は怜悧なのではなく実は呑気者で、寡黙なのではなく口下手で、深慮遠謀というより人の気持ちを慮る男だった。しかし大体の人間はルティネイツを前者のイメージで捉えていた。
「地方巡回視察官のほうはどうだ?」
ルティネイツはそう訊いてきた。
「まあぼちぼちやってるよ。キツい事もあるけど人間関係に縛られないから楽だね」
カイはさり気なくクレスノフを見てそう言った。
「…………」
クレスノフはカイの言葉を無視した。
「もう何年になる?」
ルティネイツは再び訊いてきた。
「何年だろ?五年くらいか?」
カイは適当にそう答えた。
「五年と五ヶ月」
クレスノフが嫌味たらしくそう言った。
「結構長くやってんだな」
スティーブがカイとクレスノフの間に割り込むようにそう言った。遮光眼鏡越しにその目が口喧嘩なんかするんじゃねえぞ、と言っていた。
「五年半は長いな」
ルティネイツはそのまま話を進めた。
「もうそんなになるのか」
カイは自分の事ながら少し驚いた。
「ここらで一度落ち着いたらどうだ?」
ルティネイツはそう切り出してきた。
「落ち着く?」
カイは驚いた体裁でそう問い返した。
五年半も無所属の騎士だった男を引き取りたがる騎士団なんてある筈がない。騎士の異動は当然軍務省人事課の管轄だが、騎士という特殊な立場を慮って、事前に騎士団と当人の間で入団や移籍に関する話し合いをするのが通例だった。
「俺なんかどこも相手しちゃくれねえよ」
剣の騎士勲爵士カイ・サークはその軍歴のほぼ全てが地方巡回視察官なのだ。
「なぜそう思う?」
ルティネイツはそう訊いてきた。
「巡回視は陸軍の職掌だぜ?」
騎士としての実績とは評価されないだろう。
「お前の巡回視としての実績は調べた」
ルティネイツはそう言った。
「五年半で実戦出動が19回、内12回は防衛に成功、5回は敵性勢力討伐に成功」
ルティネイツはカイの実績を簡略に述べた。
「ほぼ三ヶ月半に一度の実戦出動という事になる。こんな軍歴を持つ者など居ない」
ルティネイツは真面目な顔でそう言った。
「……そんなにやってたっけ?」
カイはスティーブにそう訊いてしまった。
「俺は三年前からだから知らねえよ」
スティーブはにやつき気味にそう答えた。
カイは自分の事ながらピンと来なかった。防衛指揮を執る事と実戦出動する事は似て異なる。兵士を哨戒させているだけで終わった任務も結構あった筈だ。そういう任務は手当がつかず、骨折り損のくたびれ儲けになるので逆に良く覚えているのだが。
「そんな歴戦の軍人に是非頼みたい事がある」
ルティネイツはやや前のめりになって言った。
「ああ、待ったまった」
カイは両掌を向けてそれを遮った。
「何だ?」
ルティネイツは眉を上げてそう訊いてきた。
「どうも人事に関わる事みたいだからさ……」
カイはそう言ってちらりと横を見た。
「俺は外そうか?」
スティーブはそう気を利かせてくれたが違う。
「いやお前ここで働きたいんだろ?なら当事者だ」
カイはにやりと皮肉な笑みを浮かべてそう言った。微妙な数瞬が過ぎていく。
「……貴様、まさか私に外せと言うのか!?」
クレスノフはやや激昂気味にそう怒鳴った。
「だってあんた人事じゃねえだろ?」
カイはついにクレスノフをあんた呼ばわりした。
「私は閣下の首席副官だぞ!」
クレスノフは再び怒鳴った。
「じゃあ後で聞けばいいじゃんよ。入団交渉の段階なら誰でも極秘事項だろ?」
カイは嫌味たらしく正論を述べた。
「貴様……」
クレスノフは三度激昂しかけたが、
「済まないがクレスノフ中佐は外してくれ」
ルティネイツは冷静な声でそう言った。
「はっ!」
クレスノフは即座にその命令に応えた。そしてそのまま回れ右で退出して行ったが、カイは確かにクレスノフが自分を睨んでいるのを感じていた。
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