騎士の収入

「おお見よ!我が栄光の領土を!」

カイは演出たっぷりにそう宣わった。


「へーここだったんだ」

スティーブは平坦な口調でそう言った。


「いや違うけど」

カイはあっさりと答えた。


「違うんかよ」

スティーブは平坦なツッコミを入れた。


「似たようなもんだよ」

カイは口を曲げてそう言った。


騎士というのは本来は領主である。領地の統治権を持ち、大体の場合で国家に税金を収めもしない。その代わりに主君から命令があれば無償でそれに応じなくてはならない。つまり命令されたら軍役も築城も治水工事も全部自腹である。


しかし現代の騎士にそんな生活ができる訳がない。彼ら騎士の実態は微妙な名誉つきの単なる軍人である。しかしそれでもやっぱり騎士なんだし、という名目だか何だかで、一応全ての騎士には領地が与えられてはいる。それが例えばこれだ。


カイとスティーブの目の前には何もなかった。ここは造成前の墓地予定地であり、つまり領地とはこの墓地の、さらに墓ひとつ分の土地の事だ。これが剣の騎士勲爵士たるカイ・サークが持つ領地の全てだった。実際はここではないが大体こんなもんだ。


「んじゃ墓参りも終わったしいくぞ」

スティーブは散文的にそう言った。


「まだ墓すらねえし」

カイはぼやき気味にそう返した。


別にこんなところに何の用もない。昨夜少し領地の話が出たところに、通りがかりにそういうような土地があったから少し立ち寄っただけだ。


さてモートルダントに到着した。ここはロードウェル王国の首都ロードマインに近い地方都市で、実態として正義の審判騎士団ジャスティスジャッジメント本営がある都市、という以外にはさほど魅力的な都市とは言い難い。首都からは近いが畑も多く都会と言える都市ではない。


「なんかなんもねえな」

スティーブはそうぼやいた。


「軍事都市なんてそんなもんだ」

カイは知識より偏見からそう言った。


軍事都市とは言えど、大昔の軍制改革以降は中央騎士団が動員されるような大規模な戦闘などない。近年の大規模戦闘と言えばグランフォレスト要塞攻囲戦だが、あれも総勢二万程度の筈だ。第一東西に辺境騎士団があるモートルダントに攻め込む軍勢などある訳がなく、街は平和な静けさに覆われていた。


「ああ主計課って本営にあるか?」

スティーブは大事な事を指摘した。


「あるだろうけどダメじゃないか?」

カイは予測で応えた。


「なんだよ不便だな。陸軍なんてあるか?」

スティーブはそう言って辺りを見渡した。


「ないわけはないけど……どこだろ?」

カイも辺りを見渡してそう返した。


これはもちろん地方巡回視察官としての俸給を受け取るためだ。最近では両替行に振り込みという支払い方法もあるが、それは都市圏から遠いほど手数料も高くなるし、彼らには成功報酬分も計算してもらう必要があるので逐一出向く必要があった。


そして地方巡回視察官は陸軍の職制なので、多分騎士団では受け付けてもらえない。実際にはどうだか判らない。カイは南方の緩衝地帯を縄張りとしているので、そんな場所には騎士団の出先機関などなかったからだ。まあ散歩がてら探すしかない。


「あれか?」

スティーブは雑居商館の二階にそれを見つけた。


「まあモートルダントだしな」

カイも陸軍の旗印を確認してそう言った。中央騎士団の本営地に陸軍の出先機関が大きな顔をしている訳がない。あるだけまだマシだった。


市役所の分室のような事務所は本当に市役所の分室そのもので、パートのおばちゃんらしき人たちがかろうじて「陸軍の係員ならそういう服装をしているかも」と考えられなくもない作業着を羽織っていた。中はエプロンだったり木綿のシャツだが。


「すいませーん、俸給申請ですー」

カイが窓口でそう言った。


「はーいではこちらの用紙にー」

そう言っておばちゃんは申請用紙を出してきた。


毎度不思議に思うのだが、これ何の意味があるんだろう?例えば俺が1000ディードとか書いても即却下されるし、それどころかモルド単位で違っていても却下だ。なら最初からそっちで計算してくれてもいいんじゃねえか?嫌がらせかよ。


カイとスティーブは10分程も悪戦苦闘しながら何とか用紙を書き上げた。お互いに間違いがない事を確認して提出する。さてここからが長いんだ。


「んじゃちょっと茶でも啜ってくる」

そう言ってスティーブは事務所を後にした。


大体こういう時は2~30分は待たされるのが常なので、二人でぼけーっと待ってても意味がないので10分交代で出歩いてくるのだ。前回の最後はカイが出歩いていたので今回はスティーブから先行だ。俸給は大事だけど待つのはヒマだぜ。

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