その任務の実態

カイ・サーク少佐は現在29歳で地方巡回視察官という任務に就いて六年目である。これは多くの人に多くの憶測や想像をもたらした。


まず地方巡回視察官は騎士団の職制ではなく陸軍の職制である。この時点で既におかしい。現役の連邦騎士はまずどこかの騎士団に所属している筈だし、予備役に編入された騎士が地方巡回視察官に着任するなど普通は考えづらい。


また地方巡回視察官は任務の特性上、佐官を以て任ずるという特殊な部隊長である。現在29歳のカイが六年目という事は、23歳の年に少佐になったという意味であるがこれもまた異常である。士官学校は普通21歳になる年に卒業なので、つまりカイは士官学校卒業後僅か三年に満たず少尉から少佐にまで出世した事になる。


カイもスティーブも食後にルティネイツ・マティニソンの出世の速さを肴にしたが、この事実を考えればカイだって人から羨ましがられる栄達を遂げている。だが23歳で少佐になった者が地方巡回視察官に着任した、と聞けば皆ずっこけるだろう。


地方巡回視察官とは、名前の通りに国境付近あるいは緩衝地帯を視察し、当地の防衛状況を確認する任務、という事になっているが、そんな危険な地域を巡って視察して「ハイ大丈夫でーす。引き続き防衛がんばってくださーい」で済む訳がない。


実際は当地の防衛計画や連絡網の策定、もっと具体的に言うと衛兵や傭兵を雇用及び指揮して治安維持出動を行うという非常に危険な任務なのである。


その任務の特性上、地方巡回視察官は部隊編成に関する限定的な人事権を持つ。だがこれは視察地域の正常化に伴いその権限を失う。具体的に言うと、依頼主に相当する領主などが、当地の安全が回復したと宣言すれば部隊への人事権を失うのである。


このため地方巡回視察官は、護衛もなく単身で任地を渡り歩くという、本当に傭兵のような生活を余儀なくされる。生活も収入も不安定で部下も居ないのであまり成り手も多くない。だが全く誰もやりたがらない任務か?と言うとそういう訳でもない。


一番多いのは、兵士から叩き上げた士官が、地方巡回視察官に任官する事を条件とし一気に少佐になる場合である。これは退役年金のかさ増し手段として半ば公認されたやり口で、不文律として退任まで三年を切った叩き上げ尉官のみに許される。


次に多いのが、士官学校卒業生でありながら大して出世しなかった者への救済手段としてである。これは前述のケースと違い、任地である程度の実績を出して、そのまま現地退役及び永住を目的としている。つまり自分で天下り先を探すための行動だ。


最後はレアケースで、特殊部隊の指揮官候補が実務訓練として短期間任官する場合がある。この場合は長くても一年程度で、それも成り手は多くはない。


どのケースでも地方防衛自体を目的にする者は少なく、さらにそのどれもが長期在任を想定したものではない。ではなぜカイ・サークがこれほど長く地方巡回視察官に就いているのか?というと、つまり自分は軍人に向いてないと思っているからである。


高級士官であるカイは基本的に管理職であるが、彼は自分がそういう仕事には向いていないと考えていた。かと言って即退役は後ろ髪が引かれる。さてどうしたものかと考えていた時にこの任務を知り、それが自分に都合が良いと考えたのであった。


「まあ呼び出しといて挨拶だけはねえだろ」

カイは常識的な希望的観測を述べた。


「いっそ雇ってくんねえかな」

スティーブは超現実的な事を言った。


「お前軍人じゃねえだろ」

カイは呆れてそう言った。


「細かい事は気にすんなよ」

スティーブは雑な事を言う。


「俺はしないがあっちはするだろよ」

カイもまた雑な返答をした。


地方巡回視察官は単身任務ではあるが、世の中にはスティーブのような人間も居る。任務ごとに副官を雇うと意思疎通が難しいので、任務があれば幹部級として登用するという約束で傭兵と個人契約をするのだ。スティーブはそういう傭兵だった。


「なんか思ったより金残ったな」

スティーブがエールを飲みつつ気楽な事を言った。


「まあ先々を考えて大事にしとこうぜ」

カイは当然の警句を発した。


「モートルダントついたら貯金しよ」

スティーブは堅実な事を言った。


「意外と真面目だよなお前」

カイは横目でそう言った。


「人生堅実が一番だぞカイ」

スティーブは笑いながらも真面目に言った。


「俺は領地があるから租税があるんだよ」

カイは騎士という立場の厳しい現実を、出来の悪い冗談に見せかけてうそぶいた。


「賽銭だって入ってこねえだろ」

スティーブは笑い飛ばした。


この会話で分かる通り、カイとスティーブの間には主従とか雇用関係というような上下関係はない。彼らは立場は違えど、どちらも似た者同士と思っており、そしてその通りの男たちだった。友人とか傭兵仲間とでも言うべきだろうか。

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