旧友からの手紙
ぐびぐびぐびぐびぐびぐびぷっはあー!
「うめえ!おかわり!」
カイとスティーブは同時にそう叫んだ。
この不潔な大男二人を客として遇したのは緑泉館という旅籠であった。しかし幸運な事にこの大男二人はその危険思想を実行しなかった。大浴場に入ると排水溝近くに並んで座り、合計三回も身体を丹念に洗ってから浴槽に浸かったのである。
そして一時間以上もたっぷりと旅の汗を物理的に洗い流し、浴槽のお湯を合計1/3程も無駄に溢れさせた事に満足した彼らは、当然そのまま旅籠の食堂に直行してエールと食事に舌鼓を打ったのである。いやー冷たいエールってうめえもんだな!
「川魚ってこう揚げるとうめえんだな!」
カイは珍しい食べ物に舌鼓を打った。
「鹿うっめえよこれ!」
スティーブは鹿肉の丸焼きを頬張って感激した。
「お客様!チキンの丸焼きなんてどうですか!?」
ウェイトレスはまた笑顔で料理を提案してきた。
「いいねもらおう!」
スティーブも笑顔でそれに応じた。
大男二人組はメニューを選ぶでもなくウェイトレスが提案してくれたものをオーダーするだけでよく、しかもそれは迅速に運ばれてきたし美味しかった。
それもその筈で、この二人組に提案及び提供される料理は全て急遽キャンセルされた物なのだ。結婚式当日、しかも挙式直前に二股がバレるという人生最大の汚点は当人の努力で濯ぐしかないが、現実問題として作った料理の処分先が必要だったのだ。
「はー食ったくった」
二人はまた声を揃えてそう言い一時間以上に渡る食事を終えた。他人の不幸は蜜の味というが、この場合は川魚や鶏や鹿の味だった。もちろん彼らはこの料理の裏話など全く知らなかったので、これが不幸の上に成り立ってるなど考えもしなかったが。
「いやー風呂も良かったし酒も飯もうまかった」
スティーブは満足な顔でそう大声を上げた。
「たまには贅沢もいいもんだな」
カイもそれに同調した。
野宿で携帯食ばかりならまだいい。大雨や台風などでテントがびしょ濡れになったり熾火が消えたり、路銀はあるのに店がなかったり、目の前に川があるのに飲用水用という立て看板の前で何もできないなど、野宿続きは過酷な事が多いのである。
「これで仕事でもくれれば最高なんだがなあ」
スティーブはそう言って話題を持ち出した。
「正直難しいんじゃねえかなあ?」
カイは思った事を言った。
「いやー騎士団を動かせない仕事とかさあ」
スティーブは食い下がる。
「あればいいけど総員四万の騎士団だぜ?」
わざわざ俺を呼び出してやらせる仕事なんてあるのかな?俺があいつならないなあ。
「逆に懲罰だの説教だのもねえだろうよ」
スティーブは常識的な事を言った。
「まあそりゃあな」
カイはそう言いつつ胸ポケットから手紙を取り出した。それは形式的にはただの私信だが、実質的には招集状に近い。そこにこう記されていた。
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大陸歴1449年8月10日 地方巡回視察官カイ・サーク少佐を
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「階級も役職も書いてねえし」
カイは何度も見た手紙を見てまたそう言った。
「でもマティニソンだろ?」
スティーブだってその家名が何を意味するかは知っている。ルブラニア連邦を支配する六王家が一、ロードウェル王家の家名である。しかも成人後に第二家名を入れずにこう名乗れるということは、現国王と極めて近い近親者という意味だ。
「いくら何でも三十手前で団長はねえだろうが」
カイはエールを飲んでそう前置きした。
「上三くらいはやってるのかもなあ」
カイはそう推測した。
上三とは第一騎士隊から第三騎士隊までを略した言葉であり、一般的に騎士団の中核部隊と考えられている。カイはルティネイツがその部隊の隊長を務めている可能性に思い至ったのだ。もしそうなら王家出身でも恐ろしい程の出世の速さだ。
「同期でこれ程の格差があるといっそ笑えるな」
スティーブはそう言って笑った。
「人生気楽が一番」
あながち強弁でもなくカイはそう言った。
「巡回視やってる無所属騎士が気楽ねえ」
スティーブはそう言ってエールを煽った。
「上が居ねえだけでも気楽だよ」
カイもそう言ってエールを煽った。
カイ・サークは剣の騎士勲爵士であり軍隊の階級では少佐ではある。だが現在カイはどこの騎士団にも所属しておらず、従っていくら格上のルティネイツとは言えカイの行動を制限する権利はない。だからこその私信という体裁なのかも知れないが。
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