第一章 地方巡回視察官

南方から来た男たち

危険思想の二人

1449年8月9日、カセルマイン東西路上を二人の旅人が歩いていた。二人とも随分と大柄で、そしてその身体に合うような大きな背嚢はいのうを背負っており、そしてそれなりに薄汚かった。片方はヤスーク系黒人で、もう片方はモルドア系白人である。


ぼりぼり


「なあカイ」

スティーブは首筋を搔きながらカイに声をかけた。


ぼりぼり


「なんだよ」

カイは頭頂部を掻きながらそう応じた。うわフケすげ。むしろ面白れえこれ。


「風呂、入りたくねえか?」

スティーブは当たり前の事を訊いてきた。


「そりゃ入りてえよ」

もう五日も入ってないし最後に入ったのだって川で水浴びしただけだ。


「いやそうじゃなくてさ」

スティーブはにやりと笑った。


「この状態で温泉とか公衆浴場とかにどぼーん!とダイブしたくねえか?」

スティーブは危険で魅力的な事を言った。


「やりてえなあそれ」

絶対ダメに決まってるがカイは同調した。


極めて危険な思想を持つ男二人は、そんな危険思想をさらけ出しながらも案外と行儀よく街道を歩いていた。騎乗ではない。そんな贅沢など敵である。


南北公路の支線であるカセルマイン東西路を西に向かうと、目的地であるモートルダントへの最後の宿場町アーシリアがある。そこには彼らが切望する温泉や浴場がある筈で、そこで今まで節約してきた旅費をぱっと使う予定だった。


「いやあ遠いなあ」

スティーブはまたも同じ事を言った。


「なんせ歩きだからなあ」

カイもまた同じ事を繰り返した。


昔赴任した時は帝都ルブラニアから馬車を乗り継いで南方まで行ったのでさほど苦労はなかった。モートルダントは地図的には帝都ルブラニアより南側にあるのでもっと近いかと思ったのだが、実際に歩くと思った以上に遠かった。


「これでただの懲罰だったら笑えねえな」

スティーブは口を曲げてそう言った。


「さすがにそりゃねえだろ」

カイは笑ってそう応じたが、


「ないと思う……勘弁してくれよ我が友よ」

カイは今ここには居ない友に向かってそう言った。


「ついでに何かなんでもいいから金くれえ」

カイはそうぼやいた。


「俺にもくれえ」

スティーブもそうぼやいた。


浅ましい話だが彼らにも都合というものがある。正式な召集令状でもないのに、何の保証もなく任務地、というより縄張りを離れてこんな中央近くまでやってきたのだ。彼らの収入の大部分は成功報酬なので、縄張りを離れると即収入低下に繋がるのだ。

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