南北戦争の英雄

「どこに行ってたの!」

マクシミリアンの予想は外れた。彼を叱ったのはお祖母様でもお父様でもなく、当然と言えば当然な事に母ライザだった。いつもはお祖母様やお父様の手前でやや遠慮があるが、こればかりは逆に母としての面目に関わるのでかなり声を荒げてきた。


「……だってえ……」

つまんないんだもん、とは言えない。


そこから母はまあ怒った怒った。しかしマクシミリアンは怒られている最中でも、さり気なく母がお祖母様の顔色を窺っているのを見逃さなかった。


「まあその辺に」

お祖母様が鼻で溜息をついてそう言った。


そう、全て出来レースなのだ。マクシミリアンは葬儀に飽き飽きしていたが、母ライザにしても、いくら偉大とは言え三度目にもなる舅の葬儀などやってられないのだ。そして溺愛している息子が姑に叱られるくらいなら、自ら叱って匙加減を調整しようと試み、それらを全て見越したお祖母様が呆れ混じりに矛を収めただけだった。


「お赦し下さいお義母様」

母はそう言って祖母に深々と頭を下げた。


「まああの人は気にはしませんよ」

祖母は鷹揚にそう言った。


「それよりこの見出しねえ……」

祖母は時事報ニュース・ペーパーを見てさらに溜息をついた。


「何かありましたか母上?」

父ブラインドは祖母にそう訊いた。


「今上もあざとい」

祖母はぼそりとそう言った。


「最後の従士、ですか?」

父はそう確認した。


「何がですかお祖母様?」

マクシミリアンは二重に意味が判らなかったので素直に質問した。従士とは騎士見習いまたは騎士の近侍の事である。位階上は円卓の騎士であり、実質はそれを遥かに凌駕していた祖父が従士というのは意味が判らないし、祖母の嘆息の意味も判らない。


「お前の父が生まれる前、南北戦争というものがあったのは知っていますね?」

祖母はマクシミリアンにそう確認した。


「はい。大変な戦争だったと」

マクシミリアンはそう答えた。


「お祖父様はその戦争で活躍した将軍でした」

祖母は静かにそう言った。


「我が方も多くの軍人が参加しましたが、その中でも特に重要な役割を担ったとされる四人の将軍が居ました。お祖父様はその内の一人でした」

祖母は静かに、だが痛ましそうにそう語った。


「その四人の中で一人だけ」

祖母はそう前置きした。


「バルサスの赤いつるぎをもつ剣士が居ました」

バルサス?あのバルサス?


「バルサスって、あの創世記に出てくる?」

マクシミリアンはそう確認した。


「そうです」

祖母は厳かに頷いた。マクシミリアンには意味が判らない。バルサスと言えばつまり人類を滅亡させようとした邪神という認識だった。


「お前もバルサスの騎士は知ってるだろう?」

父がそう問うてきた。


もちろん知っている。バルサスから産み落とされた巨人で、世界を裁きの炎に包んだ破壊の使徒。クリストフ教でも恐怖の対象と定義されている。


「だからなのか、父上を含む四人はバルサスの騎士ではなくこう呼ばれたんだ」

父はややもったいぶって前置きした。


「バルサスの四従士、とね」

父は皮肉な、だが少し誇らしげな顔でそう言った。

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