三度目の葬式

1487年10月11日、ルブラニア連邦軍初代総監にしてロードマイン大公ルティネイツ・マティニソンの国葬が執り行われた。喪主は正妻であるアントニオ・ローデム・マティニソン、葬儀委員長は第十九代ルブラニア帝国皇帝レクセオン二世である。


表向き国葬の格式には差はない事になっているが、実際には皇帝に準じる格式を以て執り行われた。参列者は五等級に分けられ、献花台は二千カ所にも設置された上に、葬儀参列者は延べ一千万人に及んだとされる。やや誇大かも知れないが。


「最後の従士」


代表弔辞の中で、レクセオン二世がルティネイツ・マティニソンをそう表現した事を報道各社は翌日の時事報ニュース・ペーパーで大々的に取り上げた。その印象的な言葉を見た国民は、長く護国に貢献した偉大な英雄を偲び、彼の魂の安らぎを祈った。


──もうとっくに天国に行ってるよ

その厳か過ぎる葬儀に飽き飽きしたマクシミリアンは、親族の目を盗んで葬儀会場から少し離れた控室に戻っていた。これで祖父の葬儀は三度目で、さらに来週にはまた別口で葬儀があるのだ。お爺様の魂の安らぎを祈るならやり過ぎだってば。


三度の葬儀を通して祖父の立場が段々と判ってきた。祖父は連邦軍の中で一番偉い人で、伝説の帝国騎士団団長と同格かそれ以上の立場で、かつその偉業はなんと建国の英雄にして太祖たる大帝アレス・ヤームに匹敵するとの事だ。全くピンと来ない。


マクシミリアンには祖父のそんな立場など全く関係なかった。祖父は祖父以外の何者でもなかった。優しいけど無口で、いつもピンと背筋を伸ばした姿が誠に印象的で、マクシミリアンを叱る時も声を荒げたりしない。ただじっと見つめるだけだった。


マクシミリアンは祖父に対して矛盾を感じていた。大好きだけど近寄りがたい。優しいけどとても厳しい。何でも話せるのに近くに居られると緊張する。なので祖父が亡くなった事を単純に悲しむ事は出来なかった。ただぽっかりと心に穴が空いた。


──僕は冷たいのかな

ふとマクシミリアンはそう思った。思った矢先に祖父の声が聞こえた気がした。


──なぜそう思うのかね?

そう、祖父ならそう訊いてくる筈だ。


──だって良く分からないんだもの

マクシミリアンは幻想の祖父にそう言った。


──冷たい人間は死んだ者の事など考えない

かつて祖父は親戚が死んだ時にもこう言った。


マクシミリアンは幻想の祖父と会話をしながら葬儀会場の外に出た。後でお祖母様やお父様に叱られるかも知れないけど構うものか。何回も葬式をやるよりこうやって祖父を思い出して語り合うほうがよっぽど供養になる筈だ。


そうしてマクシミリアンは悲嘆に暮れる群衆を通り抜けて公園までやってきた。ここでも祖父の死に関する賑わいを感じたが、わざとらしい悲しみではなく、賑やかしげな酒宴などが行われていた。むしろこっちのほうが明るい分だけまだいいや。


「チャーリーアンドロレンツ記念公園?」

公園に入ってすぐの案内看板にそう書かれていたので思わず読み上げてしまった。何だか随分変わった名前の公園だと思ったのでその下の説明も読んだ。



この公園は十六代カルファナック二世の時代に活躍した舞台俳優チャーリー・ピットフォール氏と脚本家ロレンツ・コボ氏を顕彰するために、大道芸人であった頃に活躍した広場を改築した公園です。両氏の意向により当時のコンビ名は使われませんでしたが、偉大な俳優と脚本家である両氏の名前を冠してこのような名称になりました。



「……ふうぅん……」

いや書いてある人ほとんど知らないんだけど。カルファナック二世って三代前の皇帝陛下?全然聞いた事ないや。まあどうでもいいか。


マクシミリアンはすぐに案内看板の事など忘れて公園内を散策した。歩いているうちにマクシミリアンよりもさらに幼い子がダッシュで前を横切った。うわっ!と驚いている内に、その子の後を追うようにお爺さんがよろよろと急ぎ足で通り過ぎた。


目的のない散策だったのでマクシミリアンも何となくその二人の後を追ってみると、二人は公園の目立たない場所にある石碑の前で何かを話していた。


「妙な事が書いてあるの。ええと」

お爺さんの声が聞こえてきた。どうやらその子に読んでくれとせがまれたらしい。何となくマクシミリアンは木の陰に隠れて老人の言葉を聞いた。



その男にはいくつかその男を表す言葉がある。


曰く、麦酒愛好家マグカップメン

曰く、万年佐官

曰く、一騎当百

曰く、双刃

曰く──

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