困惑する少年
マクシミリアンは混乱したまま、のろのろとした歩調で廊下を進んでいた。今すぐにでも駆け付けたい気持ちとともに、この場から逃げ出してしまいたい気持ちもある。幼い彼は自分の心に整理をつける事ができず、それが態度に現れていた。
「来ましたか、マクシミリアン」
廊下の先から祖母の声がした。
祖母は厳しい人である。さすがに彼にはそこまでではないが、父や叔父や叔母などはしょっちゅう怒られている。なのでマクシミリアンは、祖母の機嫌が悪そうな時にはにっこりと可愛らしい笑顔で一礼して、そそくさと逃げる術を学んでいた。
そして今、祖母は決して機嫌の良い声音ではない。だがそれが逆にマクシミリアンを安心させた。祖母は怖い人だったが、それでも彼が祖父に抱く感情に比べればそれは単純なものだった。マクシミリアンは祖父を敬愛するとともに畏れていた。
「早くなさい」
祖母は厳格にそう命じた。
「はい」
マクシミリアンもそれに応じる。
廊下の突き当りには大きな両開きの扉があり、そこには三人の男が居た。二人は警備の近侍であり、それぞれ一名ずつが扉の端に直立不動の姿勢を保っている。もう一人は少し離れたソファの横で、近侍よりも姿勢正しく直立不動の体勢を保っていた。
ばっ!
マクシミリアンにはそういう音がしたように思えた。ソファの横に立っていた男が祖母に一礼したのだ。礼というより頭から倒れたかのようだった。
「御足労頂き恐縮です、議長」
祖母は恭しくその男に頭を下げた。
「…………!」
その男は返事をしなかった。いや返事ができなかったのかも知れない。
マクシミリアンはその男──クレスノフと何度か会った事があるが、彼の事を好きではなかった。丁寧に接してはくれるのだが、堅苦し過ぎるというか、人間というより岩人間のような印象があり、一緒に居ると気詰まりするのだ。
「……若……」
クレスノフはマクシミリアンに向かってそう呼びかけた。ほらまただ。
クレスノフはうちの家族のほとんどを名前では呼ばない。父も叔父も従兄弟も僕も男だったら皆「若」だし、女だったら大体は「姫」である。例外は祖母と祖父だけで、彼は祖母の事を「奥方様」と呼び、祖父の事だけは「閣下」と呼ぶ。
「若、じゃあ誰だかわかんないよ」
マクシミリアンはいつもと同じ文句を言った。
「閣下がお待ちです」
クレスノフはマクシミリアンの苦情を無視してそう言い、近侍に鋭い目を向けた。
クレスノフの鋭い視線を向けられた近侍は恭しくも素早く扉を開けた。気難しそうな大人たちに囲まれつつもマクシミリアンはこれまで以上に緊張した。祖父は決して煩い人ではない。むしろ家族で一番優しい。だが誰よりも厳しい人でもあるのだ。
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