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問い:高畑誠一(日商の創業者)と大江健三郎の共通点は何か?
答え:どちらも内子町出身者。
内子町は江戸時代後期から明治にかけて木蝋の生産地として栄えた。町の北側は今なお江戸や明治の面影を残している。今日はさほど長い距離を歩く訳でもなし、少しばかり寄り道も良いだろう。
「ほら、家にうだつが付いているでしょ」
八日市・護国地区を散策していると、おばさんが私に話しかけてきた。私が首を傾げると、隣家との間に備えられた壁をうだつと言うのだと教えてくれた。おばさんが指差す方向に目を向けると、家屋の屋根から白板が下がり、確かに隣家との仕切りを作っている。
「『うだつが上がらない』のうだつね」
うだつは火災による延焼や泥棒の侵入を防ぐのに役立つのだそうだ。格子状の窓枠に錫杖彫り(しゃくじょうぼり)があるのも特徴的で、家屋によって絵柄が違うのが面白い。
「この先に本芳我(ほんはが)家の屋敷があるよ。敷地内は入れないけど、土蔵の鏝絵が立派やけん。写真撮っておいで」
勧められるままに鏝絵を見に行くと、道路からも母屋に並んだ土蔵に施された色漆喰がはっきりと見えた。本芳我家は製造した木蝋の商標として、このカラフルな「旭鶴」を用いたのだそうだ。木蝋を詰めた箱に旭鶴が印刷され、床一面に並ぶ様子はさぞかし壮観だろう。それらはやがて全国に向けて出荷されていったのだ。
両側を古い家屋に挟まれて歩いていると、不思議と懐かしい感じがする。これらの建物は私が生まれる百年も前から存在しているのだから、考えてみれば懐かしいというのはおかしな感情なのだが、本当にそうなのである。歴史的な建造物は一度失われたら元に戻らない。このような町並みを保存する取り組みは出来る限り多くの場所で進めてほしいと思う。
保存地区をひと通り散策し終え、今日は東西に長く伸びた内子町を東に進む。内子町を歩いていて気づいたのだが、この辺りには内子以外にも古い家屋の残る地区が多い。例えば瀬戸もそうだ。旧街道を挟んで商店街が出来上がっているのだが、全体的に黒っぽい、年季の入った木造の建造物群が並んでいる。地方都市でしばしば見かけるようなシャッター街ではなく、商店の多くは営業しているように見える。内子町立大瀬中学校の校舎にも同様の趣があった。
除雪作業のおかげで車道にはもうほとんど雪がない。歩道にはまだいくばくかの雪塊が残っているものの、歩行に支障はない。遍路道は平坦な舗装路で、しかも今日は手ぶらなので、足取りは軽快だ。荷物をホテルに置いてきたのである。本当なら東の町外れに宿を取りたかったのだが、あいにくどこも満室か、あるいは休業中だった。そんな訳で、今日は行程の終点からバスでホテルまで戻る予定を組んであった。ゴールは小田支所バス停である。
ふと、今日は交通量がだいぶ少ないことに気が付いた。嫌な予感を抱きながらも歩いていると、道路情報版に示された道路状況が目に飛び込んできた。国道三百八十号線終日通行止め――明日、私が歩く予定の遍路道である。どうやら倒木が道をふさいでしまっているらしい。積雪が原因でないだけましか、いや、倒木と積雪のどちらが大きな支障なのだろう。内子町で足止めを食うことになったらどうしよう……。考えながら不安が大きくなってくる。
小田支所バス停には早くも午後一時半には到着してしまった。次のバスが出るまでにはまだ一時間半ある。さらにその次のバスまでは二時間半。それだったら、荷物を持たずに歩ける今日の内にもう少し距離を稼いでおきたい。それに、明日以降歩くことになるこの先の道路状態を確かめてもおきたい。私は予定を変更し、ここからおよそ五キロ先にある三島神社まで歩いてみることにした。
小田商店街を抜けて国道三百八十号線の入り口までくると、道路の真ん中に立てられた看板に全面通行止めの文字が見えた。しかし私は車でなし、徒歩なら先まで進んでも大丈夫だろう。緩やかな登り坂を歩きながら土手に目をやると、何本もの大木が雪の重さで横倒しになっている。幹の太い木がこんなにも脆いというのが私には不思議に思えた。雪国でも樹木はこんなに弱いものだったか。それとも樹木の種類が違うのだろうか。
十五分ほど進んだ先では、六人ほどの男性がクレーン車を操作して木の枝を右から左に移動させていた。道路に積雪はほとんどない。作業員の方たちに復旧の見込みを尋ねるとすでに除去作業はほとんど完了し、明日の通行には支障がないようだった。良かった、どうやら明日は無事に大寶寺まで行けそうだ。
この先まで徒歩で進むのに問題はないと言われた。やや早歩きで坂道をどんどん登っていく。上の方は除雪が済んでいない場所も残っており、歩いている途中で除雪車とすれ違ったり追い抜かれたりした。
三島神社は道路の曲がり角に佇んでいた。雪に覆われた鳥居と本堂が見るからに寒々しい。大雪以来、まだ誰も境内に足を踏み入れていなさそうだ。
きびすを返し、足早に小田支所バス停まで戻ると、ちょうど間もなく内子町コミュニティバスが出発するところだった。荷物がないとは言え、往復で十キロの坂道を二時間半で行って帰ってきたことになる。バスの乗客は私のほかに若い男性が一人だけだった。
今日来た道を逆順に眺めながら、四十分ほどバスに揺られていると、バスは宿泊先に最寄りの停留所に到着した(たぶん正規のバス停ではないのだが、運転手さんが気を利かせてくれたのだと思う)。半日かけて歩いた距離もバスに乗れば一時間足らずなんだよなと思い、ついつい苦笑いしてしまった。
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