第3話


いつもの帰り道。華の金曜日だというのに残業があり、少し遅くなってしまった。

大通りで彼女の姿を探すが、その場所には若い男が立っていた。

カラフルなステッカーの貼られたギターで恋だの夏だのといった雑音を掻き鳴らしていたので、ノイズキャンセリング機能のついたヘッドフォンを装着し、足早にそこを通り過ぎる。


ふと気付いたら、体が喫煙所に向かっていた。



煙草を吸い出したのは、二十歳になったばかりの半年前。

会社のビルの屋上で、先客だった営業の先輩に勧められたのだ。


2年前の事件から変わらぬ状況である私を憐れんだのだろう。

喉には良くないけどストレスには効くから、と手渡された一本を受け取ったのが始まりだった。


今ではすっかりハマってしまい、ヘビースモーカーの仲間入りだ。



仕切りの中に入ると、そこには見覚えのあるギターケースに黒いワンピース。


彼女だ。


幸か不幸か、喫煙所の中は混雑していて彼女の右隣しか空いていなかったので、そこに陣取る。


彼女は気付いているだろうか。

意識し出すと、変な汗が出てきた。


少しもたつきながら火を付け、煙を吸い込む。

横にいる彼女を盗み見ると、灰皿に吸い殻を入れていた。


もう行っちゃうんだ。


それから何故か少し、動きを止める。


すると、鞄からショートピースの箱を取り出し、中身を取り出そうとする動きを見せる。

しかし空だったのか、そのまま箱をしまう。


手に持っていたホープの箱から一本取り出し、彼女に差し出した。


彼女は軽く目で会釈し、受け取ってくれた。


横でライターの音がする。何故だろう、そちらには目を向けられず自分の煙草に無理矢理意識を集中させる。


自分でもなんでこんな事をしたのか分からない。


彼女の演奏が聴ければ、それで十分だったはずなのに。


何故、彼女が去るのを止めるような行動をしてしまったのか。


何故、彼女がいなくなるのを寂しいと思ってしまったのか。


帰りの電車の中で、その事ばかり考えていた。

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