第39話 歴史的な第1回甲子園大会でアベック優勝

 11月26日(日)ベストシーズンである乾季のタイは、清々しい青空に覆われて、佳き日を祝福しているかのようであった。今回の試合の全てをコーチのポーンに監督として指揮をとってもらっていたため、真は自由気ままにゆったりとした気持ち(タイ語では「サバーイ、サバーイ」という)で動いていた。来てくれた友人やお客さんと一緒に試合を楽しみながら観戦していた。

 今日も日本野球連盟の前田事務局長、青年海外協力隊のメンバー、日本人学校の保護者の方々等、多くの人たちがクィーンシリキット球場に集まっていた。中学生の部はナコンシータンマラート県体育学校と日本人学校、高校の部はスパーンブリー県体育学校とインターナショナルスクールの対戦を残すのみとなっていた。午前中に中学校の部の試合が行われた。

 1回の表に日本人学校の攻撃で1点を先行された。今までなら大量失点していたかもしれないが、2、3塁のピンチを乗り切って最少失点に抑えたのである。普通なら1点先行されると劣勢にまわってしまうかもしれない。しかし、真は3点以上取られる可能性を1点にしのいだ彼らを見ていてこの試合の勝利を確信した。真の予想どおりに1回の裏からナコンシータンマラート県体育学校の打線は爆発した。

 ここでスターティングラインナップを紹介しておきたい。1番ショートのリン、2番センターのキャプテンのヌ、3番キャッチャーのジョーム、4番セカンドのメーオ、5番ピッチャーのボーン、6番ファーストのバード、7番サードのヤーオ、8番レフトのエー、9番ライトのトームである。

 1番のリンが痛烈なセンター前ヒットで出塁、盗塁の後、3番ヌの右中間を破る2塁打、3番ジョームのライト前ヒットと打線が繋がり、5点を返して試合を有利に進めていくことになる。バックネット裏で、前田さんと話をしながら試合の行方を見守っていた。明らかにタイのチームが日本人チームを圧倒している。

 最初観客席は静まり返っていたが、陽気なタイの人たちである。スタンドにいる全てのタイの人たちを味方につけて試合は進んでいった。ナコンシータンマラート県体育学校の選手たちのバットからは、目の覚めるような快音とともに、次々とヒットが出て、7点、8点と得点が積み重ねられていった。日本人学校の選手たちも最初はあっけにとられるような雰囲気であったが、5回の攻撃でキャプテンを中心に円陣を組んだ。

 キャプテンの鈴木くんが「このチームは今までの対戦チームとは明らかに違うレベルに成長している。6月の代表チームをはるかに凌ぐ素晴らしいチームだ。胸を借りるつもりで立ち向かって行こう」と全員で相手へのリスペクトとチャレンジャーとして戦うことを確認した。さすがに日本人学校の選手たちである。必死になって立ち向かって行った。

 球場全体がナコンシータンマラート県体育学校をあと押している状況の中、1番の選手が右中間に2塁打を放って出塁した。この一打は明らかに試合の雰囲気を変える一発であった。ピッチャーのボーンも日本人学校の選手から何か感じるものがあったのかもしれない。次の打者をフォアボールで出したところで、監督のポーンがタイムをかけゆったりと歩きながらマウンドに向かった。内野手が全員集まった。

 ポーンは全員に優しい眼差しを向けながら「いいか、日本人にとって野球はお家芸であり、僕たちの手の届くものではないことはわかっているだろう。今たまたまノーアウト1、2塁になったが、この段階でも俺たちはこの試合の主導権を握っている。

 試合の中でできることは全て練習でやり尽くしてきた。真もそう行っていただろう。得点を与えないことばかり考える必要はない。1、2点はとられても仕方がないケースだ。

 それよりも自分たちがやってきたことを、今こそ自信を持って1つ1つのプレーを丁寧にやるだけだ。大丈夫、この試合は必ず勝てる。今こそ基本を大事に自分たちの野球をやりきろう!

 日本はセオリーどおりの攻撃で送りバント。1アウト2、3塁からが勝負だ」こう言ってダグアウトに戻ったが、ボーンとジョームがセカンド、ショートに何かを伝えて守備位置に戻り試合は再開された。

 ポーン監督の読みどおりに次の打者は初球で送りバントを決めてワンアウト2、3塁となって、4番打席が打席に向かった。日本人チームとしては最高の舞台ができあがった。ここで長打が出るようであれば、明らかに試合の流れが変わるこの試合の最大のポイントとなる場面をむかえたのである。2塁ランナーもワンヒットでホームに行く気持ちでじりじりとリードの幅を広めて行った。

 何もなかったようにピッチャーのボーンがセットポジションに入った。スタンドもシーンと静まり返っている。ボーンの左足が上がった。全員が固唾を飲んでピッチャーとバッターを見つめていたその瞬間、ボーンは上げた足をセカンドに向けて、ベースカバーに入ったショートのリンに向かって力強い牽制球を投げ、セカンドランナーを刺したのである。

 セカンドの塁審の手が上がった。「アウト」その瞬間、スタンドは大歓声が上がった。その反面、日本人学校の保護者席の大きなため息が入り混じり何とも言えない雰囲気となった。バックネット裏で観戦していた前田さんが真に「あれも教えたんですか。なかなかやりますね」とおっしゃった。

 真はサインプレーの練習をしていた時のことを思い返していた。数週間前に、サインプレーを確認した。ピッチャーがセットポジションに入る前に、シュートのサインをチラッと見るだけでうなずきもせず何もないように相手に思わせ、安心させて、大きなリードを取らせること、そして、ピッチャーはキャッチャーだけを見ていて、キャッチャーのサインから一発でランナーを刺すことだ。

 この戦法はこの大会で1回のみ、一番アウトが欲しい時に使い、相手の戦意を失わせて、勝利を完全なものにすることができるものであることを確認した。おそらく日本人学校との決勝戦ではないかとつぶやいて見せると、子どもたちは目を輝かせながら、真の説明を聞いていたことを思い返していた。

 コーチのポーンから指示があったのかどうかはわからないが、この試合の勝利を決定づけるこのプレーの後も攻撃の手を緩めなかった彼らは10対3というスコアで勝利をおさめたのである。子供たちが自ら考え、課題にぶち当たっても、課題を克服する道を、自分を取り巻く多様な人々とコミュニケーションを図り、対話しながら見つけ出し、協働して乗り越えていく力を身につけることが今の社会に、大人たちに、教育には求められているのである。

 試合後にポーンから報告を受けた真は、あのプレーは子供たちが自分たちで考えて実行したことを知った。午後の試合では、スパーンブリー県体育学校がインターナショナルスクールと対戦、7対7の同点でむかえた最終回、劇的なサヨナラ勝ちをおさめて接戦を制したのである。

 真が関わってきた2つの学校のチームが第1回タイ版甲子園大会でアベック優勝を飾ったのである。来タイして1年数ヶ月が経過し、必死に巻いてきた種が少しずつ芽生え始めたことに喜びを感じる瞬間であった。

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熱帯のタイで野球に夢中になる マコリン @makorin85

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