第17話 タイナショナルチーム結成
5月11日(木)、真はしばらく放置したままになっていたナコンシータマラート体育学校に戻った。どうなっているか不安もあったが、残ってコーチをしているポーンがどのような指導をしているのか楽しみでもあった。
新入生は13名入っていた。古株の10名と合わせて23名の陣容となっていた。国を背負って戦おうとしている代表候補とは緊迫感が明らかに違ったが、無邪気で可愛いらしく、心から愛おしく思えた。ピリッとしない練習だったが、今はとにかく基本を身に付けること、そして体力をつけること、この2つを伝えすぐにバンコク近郊の合宿所に戻ってきた。
超ハードスケジュールであり、体力の限界値を超えるものだったが、代表チームとナコンシータンマラートどちらも真にとっては今後のタイの野球を担う大切な子供たちである。一切手を抜くことなく1つ1つ着実に指導を重ねていった。
5月14日(日)、ついにアジアAA大会に出場する代表18名の発表の日がやってきた。この日は、最終選考のための練習試合が2試合あった。第1試合は、野球好きの日本人に集まっていただいた。真も出場して、年配の方もいらっしゃったが日本人チームが大量得点で快勝した。
第2試合は、ラームカムヘン大学との1戦だった。これはいい試合をしようと意気込んでのぞんだが、13対4という残念な結果だった。真の采配もさえなかったが、最大の敗因は選手たちと意思疎通ができていなかったことが大きい。チャンスで3度もバントの失敗を招いたことや、ピッチャーの牽制悪送球をはじめ、無駄な失点が目立った。何より決定的な課題となったのは、要となる正キャッチャーが不在ということだ。これも圧倒的に経験値が少ないことに尽きる。
課題が浮き彫りとなる代表選考となったが、真は18名の代表を発表した。それは4名の選手をはずすことでもあった。メガネのバット、キュー、チン、そしてスパーンブリー体育学校のビッグが外れることになった。発表した瞬間に小柄だが明るい性格のチンが思いっきり泣き出した。その涙は彼の本気度を物語っており、真を心から感動させた。
選考された選手、外れた選手に向かってコーチたちが一言ずつ激励の言葉を述べていった。コーチのバンが自分の経験を踏まえて激励してくれた。「自分はタイで行われたアジア大会では代表に選ばれなかった。しかし、諦めず、腐らず練習を重ねた結果、3年後のオリンピック予選では代表に選ばれた。みんなは若い。まだチャンスはある。諦めず努力を重ねていってほしい」と。コーチ陣の気持ちを代弁する激励をしてくれた。
帰り際に、代表から外れてしまったチンが、深々と「ワイ」をして帰っていった。彼の礼儀正しさに真は心から敬意を表し、彼の今後の成長を心から祈り、合宿期間の頑張りをたたえてかたい握手を交わすのであった。
「ワイ」とはタイでは伝統的な挨拶である。相手への敬意を示すもので、合掌してお辞儀をする。これに「サワッディー・(カップ=男、カー=女)」という挨拶の言葉を伴うことが多い。言葉なしでも十分に通用する。そこに満面の笑顔が加わる。
タイを訪れた経験のある方なら初対面の人が、このような素敵な笑顔と「ワイ」のポーズで挨拶してくれることに、新鮮な感動を覚える人も少なくないはずだ。「微笑みの国」と言われる所以である。基本的に「ワイ」は若年者や社会的地位の低い者が、年長者や目上の方に対して行うものである。
よく見ていくと相手の立場によってワイの仕方も変わっている。また、男性は男性らしく、女性はより女性らしい挨拶の仕方がある。女性は膝を曲げ、首を少しだけ傾けるやり方が多いのではないか。真にとっても何とも清楚でかわいらしい挨拶だと感じていた。
もう一つ説明しておかなけらばならないことがある。バット、チンという呼び名は「チュー・レン」言わばニックネームである。タイの人たちの名前は長く難しいため、短い「チュー・レン」を持っていて、普段はその名を呼び合うのである。
わたし名は真=マコトであり、人によっては、短くしてコトやトと呼ばれた。短くすればいいというものではないだろうと苦笑いしていたら、ある人がバンディット(リーダーという意味)というニックネームでつけてくれた。
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