第16話 中学生のナショナル始動する

 4月17日(月)からは、いよいよピッチャーとキャッチャーの合宿に参加した。ピッチャー候補は、エー、トーン、ゲッター、チャイヤー、ボーンの6名。キャッチャー候補は、ポーン、ウィッ、ミンの3名である。

 朝6時からランニング、ロングダッシュ、腹筋、背筋、腕立て伏せを行う。朝食後は、9時からトレーニングABCの後、シャドーピッチング、スローイング。

 午後3時からはピッチャーズエクササイズ、キャッチャーのスローイング練習、キャッチボール、ピッチング、ノック。

 木曜日と金曜日はエアロビックダンスを取り入れた。ピッチャー陣には、control(コントロール)、concentration(集中力)、consistency(安定性)、confidence(自信)という投手に求める4つのCを体得してもらいたいと伝えていた。

 彼らにとって、このようなハードなトレーニングは初めての経験だと思う。真は彼らに国の誇りを持って戦うのだ。参加したくてもできなかった選手たちが、君たちを選んだことを納得してもらわなければならないと言い聞かせて、厳しいトレーニングを1つ1つ乗り越えていくのである。

 5月2日(火)から全ての候補者である22名が集まっての練習が始まった。彼らは、6月17日に始まる大会まで、学校をすべて休んで合宿に参加した。後から冷静に考えると少々やりすぎだったと思う。昼間に学習の時間をとったとは言え、自学自習だけでは学校に復帰してからは遅れを取り戻すことが大変だったと思う。ブルー監督とコーチ、野球連盟のスタッフが決めたことなので真は従ったが、1ヶ月半に及ぶ合宿は、指導者、選手双方にとって大変な日々だった。

 5月14日(日)に代表18名を選抜する。つまり4名を代表選手から除かなければならないのである。代表選手になるため選手たちも必死だったが、こちらも彼らの頑張りに応えながら、勝つために妥協をしない姿勢を貫いた。選手たちの反応は良かった。飲み込みも早い。まさに打てば響くという気持ちのいい集団であった。

 真は選手たちに、キャプテンにふさわしい人物を選ばせるとすぐに全会一致で決定した。イサーン(東北部)のチャイヤプーン県から参加したオーンである。彼はガッチリとした体格でリーダーシップがあり、真も選手たちの人選に納得した。彼を中心にした戦う集団に育成することをブルー監督、コーチ陣と誓い合った。

 大学生や日本人学校などと可能な限り複数の練習試合を組んで、選手たちの適性を見極めていった。スパーンブリー体育学校から6名、ナコンシータマラート体育学校から3名、チャイヤプーン県やバンコク、その他の県から合わせて22名の子どもたちは、18名の代表に選出されるために必死になって厳しいトレーニングに食らいつき、自分をアピールしていった。

 しかし、野球の認知度が低いタイにあって、それも今回は中学生である。野球経験が少ない選手が多く、スパーンブリー体育学校の子どもたちが1歩抜け出ているとは言え、とてもじゃないが海外の強豪チームと試合ができるまで到達できるのか、考えれば考えるほど悩みは深まるばかりであった。真は1人悩んだが、タイ野球連盟と関係者たちは、楽観的に考えている節があった。

 アジアの野球では、日本、韓国、台湾の3強が秀でている。もちろんこの3ヶ国も参加する。これらのチームとの試合はどう考えるのか。他の出場国もわかった。フィリピンとインドである。戦いやすいチームとの対戦だけを考えて合宿を行うのか。真には判断することができなかった。もちろん全ての試合で勝負させたかったし、フィリピンやインドには勝たせてあげたいと思ったが、自分たちでどうしたいのかを考えてほしかったのである。

 課題は山積していたものの合宿は進んでいった。早朝5時30分からは、ランニングからダッシュに始まり、スピードとパワーを鍛えるトレーニング。朝食をとった後9時から約3時間の練習後、昼食・昼寝をへて午後3時からの練習である。真も疲労困憊であった。

 朝の体重と夕方の体重差が2~3キロ減っているのである。もちろん、野球連盟のバックアップにより食事は充実しているので十分な栄養補給は保証されていた。それでも野球漬けの毎日から少しずつ選手の中には足の痛み等を訴え、練習を休ませてほしいと訴えるケースが増えてきた。

 そんな時は無理をさせずに休ませた。「みんなはまだ若い。未来があるのだから、今回の韓国行だけを考えて体を壊してしまっては困る。痛みなどひどくて我慢できない時は、すぐに言ってほしい」と伝え首脳陣と共有していた。

 選手たちには明らかに個人差があった。頑強なキャプテンのオーンは、いつも元気で疲れを全く見せなかった。しかし、体力的に厳しい選手もいた。最終的にはその点がはっきりとした差となって、代表選手と選ばれなかった選手に分かれていったのである。

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