第10話 蚊に刺されないのはなぜ?

 真がタイに来てから5ヵ月が過ぎた頃、幾つかの変化を感じるようになった。1つは蚊に刺されなくなったことである。来たばかりの頃は、真1人だけが蚊に集中砲火を浴びて刺されまくっていた。なぜタイ人は刺されないんだ?と不思議に思っていた。

 もう1つは、タイ料理はめちゃくちゃ辛いのだが、普通の辛さでは満足できなくなっていたのである。タイに来たばかりの頃、食事に行った時、タイの人たちは置いてある香辛料を真っ赤になるくらい付け足して食べていた。恐ろしくて目をそらしたほどだった。

 北海道育ちの真は、もともと辛い料理は苦手であった。カレーも甘くなければダメだったくらいだ。しかし、熱帯の暑さの中で生きていると、徐々に多くのタイ料理が美味しくなり、この辛さこそ必要な刺激であることがわかった。2年間、食欲を失うことが1度もなかったからだ。

 辛さにはこの風土で生きていく知恵が詰まっていることを知った。同時に香草をたくさん使うタイ料理が体に馴染み、その香草から発する体臭のためなのだろうか蚊も刺さなくなったのである。

 この年も12月に入った。子どもたちには、まもなくここでの野球指導を一区切りつけて、ナコンシータマラート県に行くことを伝えていた。少しずつ最後だからということで、思い出作りのための生徒たちとのやりとりが濃くなった。

 その1つに日本語を教えてほしいというリクエストがあった。もう少し早くその要望に応えてあげたならば、日本語の上達も早かったのではないだろうか。真は次の行き先からは、もっと積極的に日本語の授業もやってみようと思った。

 「愛してる」を日本語で教えて、「お別れの時の挨拶は」いくつの日本語をマンツーマンで教えてあげた。「次は文字も教えて」彼らのあくなき好奇心は彼らとの長時間のやりとりとなっていた。いくら時間があっても足りないのである。彼らは習ったばかりの日本語を精一杯使って、メッセージ付きのカードを作ってくれた。彼らの優しさとまごころが、真の心に深く染み渡ったのである。

 そして、いよいよお別れの時がきた。12月8日(水)彼らとの最後の練習を終えた真は、随分と無茶な要求をしてしまったことを思い返しながら、初めてここに来てから今日まで充実した指導ができたことに心から感謝をしつつ挨拶をした。

 「ここでの指導は今日を持って一区切りとなる」と話しかけた時「もう会えないの」とある生徒が口を挟んだ。真は話を続けた。「いや、また必ず会える」「来月から南部のナコンシータマラート県体育学校に行くことになった。そこでの指導にはここ以上に時間がかかるだろう。

 しかし、来年タイで初の野球大会「甲子園大会」を開催する。その時までにさらに成長した姿で再会できることを願っている。今まで本当にありがとう」と話をしたつもりだが、タイ語がどこまで通じたのか、少々不安を感じながらスパーンブリー県体育学校を後にした。真の心の中には、来年の中高生野球大会がはっきりと浮かんでいたのであった。

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